政府及び与党による「触法精神障害者」に対する特別立法立案に抗議するとともに「触法精神障害者」対策議論の中止を訴える

= 政府及び与党による「触法精神障害者」に対する特別立法立案に抗議するとともに「触法精神障害者」
対策議論の中止を訴える=

2001年8月20日

全国「精神病」者集団会員 長野英子

☆当事者抜きの議論は誤り

 まず確認しておきたいことは、今回のいわゆる「触法精神障害者問題」が当事者抜きで議論され続けてきているということである。
私自身は障害年金2級を受給中の精神障害者ではあるが、「重大な犯罪を犯した精神障害者」ではない。その意味で私も当事者ではない。
いま肝心の当事者を排除した形で論議が進められ、結論さえ出されようとしている、この誤りをまず確認してほしい。

 そうである以上特別立法に反対するのみならず、いかなる対案提起もなされるべきでないことを私は主張する。
当事者抜きの議論は直ちに中止されるべきである。

 しかしながら特別立法は私たち精神障害者全体への差別であり攻撃であるという側面があることと、
沈黙のまま特別立法を認めるわけにいかないという緊急性ゆえ、非原則的ながらやむをえず以下批判点を述べる。

☆保安処分としての特別立法

 この6月の池田小事件以降、事件を起こした精神障害者に何らかの特別な施策、施設を、という保安処分攻撃が具体化されてきている。
その中心となっている日本精神病院協会、および与党プロジェクトチームは、刑法でも精神保健福祉法でもなく特別な法律をつくり
「触法精神障害者対策」を進めるとしている。内容はいまだ明確にされていないがマスコミ報道によると

①重大な犯罪を犯した精神障害者につき特別の強制入院制度新設さらに地域での強制通院等の強制医療体制を新設する

②新たな強制入院制度において入退院あるいは地域強制医療体制適用の判断は裁判官を入れた特別の審査機関で行う

③こうした強制入院のために特別の病棟を新設する、

などを骨子としている。

 まさに保安処分体制である。

 精神障害者に対する保安処分とは、すでに行った行為に対する刑罰でもなく、また本人の利益のための医療でもなく、
「犯罪を犯すかもしれない危険性」を要件として予防拘禁し、「危険性の除去、再犯防止」を目的として強制医療を施すことである。

 精神障害者以外はいかなる重大な犯罪を犯したとしても、「再犯の恐れ」を要件として予防拘禁されることはない。精神障害者のみが
「再犯の恐れ」を要件として予防拘禁されるのは精神障害者差別にほかならない。

 現行の精神保健福祉法体制化の措置入院は、「自傷他害のおそれ」を要件としていることで明らかなように、すでに保安処分制度である。
現実に措置入院となった患者の中には退院の望みなど一切持てず、20年30年と長期にわたり監禁され続けている患者が存在する
(99年6月末調査では措置入院の30%あまりが20年以上の長期である。措置が解除になって医療保護入院となる場合もあるので、
現実の拘禁はさらに長期化しているはずである)。健常者が受ける刑期以上の監禁が公然と行われている。

 それにもかかわらずこの措置入院に屋上屋を重ねる形で今特別立法が作られようとしている。

☆一生出られない特別病棟の新設

 いま現在の、建て前上は「本人の医療と保護」を目的とした措置入院の運用ですら、
精神障害者に対する差別的予防拘禁として機能している実態を見れば、「再犯予防」を目的とした特別立法が何を生み出すかは明らかである。
特別病棟への監禁の目的が「再犯防止」である以上審査機関は「社会にとって安全で再犯の恐れがない」
と確認されるまでは拘禁を続けることになる。再犯が起こったときの非難を恐れ、審査機関は釈放には消極的にならざるを得ない。

 一切希望をもてず監禁され続ける特別病棟で、医療など成立しようはずがない。
絶望しきった人間を拘禁し管理するには徹底した抑圧と厳重な警備、そして秩序維持を目的とした強制医療
(いや医療とは呼べない懲罰としての医療)が必要となる。薬漬けや電気ショックの横行が予想される。精神外科手術すら復活しかねない
(精神外科手術は決して過去のものではない。少なくとも強迫性障害の「治療法」としてロンドン、ストックホルム、
ボストンでは精神外科手術が復活している。イギリスでは手続きも公に定められている)。

 たとえ特別病棟を退所できたとしても、退所者には強烈な烙印が付きまとう。
果たして地域での生活など可能だろうか? さらにいま議論されているように退所後も特別な監視体制下におかれるとしたら、
人間らしい生活など一生奪われることになる。おそらく毎日こうした強制的な医療体制と付き合うだけの人生を押し付けられることになるだろう。

 この保安処分を決して許してはならない。

☆「触法精神障害者」という用語は医療の用語ではない

「触法精神障害者」とは何らかの刑法に触れる行為をした精神障害者をさす言葉だ。これは医療の言葉ではない。
医療は患者本人の苦痛を取り除き病を癒すものであり、それはその患者が犯罪を犯したか否かによって対応の変わるはずのないものである。
「犯罪を犯した糖尿病患者」と「犯罪を犯していない糖尿病患者」で治療内容が異なるなどということはありえない。それはたとえ「精神病」
であろうと同じである。

「精神障害者」を「触法精神障害者」と「非触法精神障害者」に分け、それによって処遇や対応を変えよう、
という発想は本来医療の側から出てくるはすのないものであり、警察や検察官の「犯罪防止、再犯防止」を目的とした発想である。

精神科医はじめ医療従事者が「触法」という色眼鏡を通し患者を見るとき、すでに彼らは医療従事者の立場を捨て、警察官になるのだ。
いったん「触法精神障害者」などという用語を使い、「犯罪防止」の発想を身につけた医師、医療従事者は、いま現在「触法精神障害者」
とレッテルを貼られている患者だけではなく、私たち患者全員を「何をするか分からない危険な存在、
犯罪防止のために管理監視しなければならない存在」という目で見ることが習慣となる。
私たちはそうした人たちを医者とか医療従事者とか認めることはできない。そこに医療的な関係など成り立つはずがない。

こうした用語自体が私たち精神障害者全員に対する差別であり、この用語が精神医療業界で使われていること自体に私は抗議する。

☆今なぜ「触法精神障害者」対策か?

それにもかかわらず一部の精神科医は「触法精神障害者」という言葉を乱発し対策の必要性を主張する。なぜか?

法務省と厚生労働省は昨年「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇決定及びシステムのあり方などについて」合同検討会発足させた。
発足にあたっての主意書にも「精神障害者」の犯罪がとりわけ増加している事実はないことが述べられている。
法務省も厚生省もそこでは現在は国が何かしようとしているのではなく精神科医から「触法精神障害者問題」が提起されている、としている。

たしかにこの間の「触法精神障害者問題」の提起は日精協を中心として精神科医から出されてきたことは事実だ。

日本精神病院協会は98年9月25日付で定期代議員会および定期総会声明として
「触法精神障害者の処遇のあり方に現状では重大な問題があり、民間精神病院としても対応に限りがあることから、何らかの施策を求めたい。
こうした問題に対して全く対応がなされない場合、止む(ママ)なく法第25条(検察官の通報)第25条の2(保護観察所の長の通報)、
第26条(矯正施設の長の通報)等患者の受け入れについては、当分の間協力を見合わせることもありうる」 と恫喝した。

 また99年の精神保健福祉法見直しへの意見書の中では以下の意見が出さた。 

*措置入院の解除については指定医2名で行うことにする

 (国立精神療養所院長協議会、日本精神神経科診療所協会)

*措置入院の措置解除に際し、6ヶ月間の通院義務を課すことができることとする。

 (国立精神・神経センター)

*措置入院を、特別措置(触法精神障害者――犯罪を犯した者、検察官、保護観察所の長等の通報による入院)と一般措置に分ける。
特別措置については、国・都道府県立病院及び国が特別に指定した病院に入院することとする。

 (日本精神病院協会)

*触法行為のケースの治療、措置解除時の司法の関与を明確化

 (精神医学講座担当者会議)

こうした精神医療従事者団体の要請を受け、国会においても、99年の精神保健福祉法見直し議論の中で、衆参両院の委員会は法「改正」
の付帯決議として「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方については、幅広い観点から検討を行うこと」旨の決議をした。

周知のごとくこの国の精神医療がさまざまな問題を抱え、いつでも誰でも、どこでも安心して受けられる精神医療にはほど遠い実態がある。
それにもかかわらず、医療従事者の側から「触法精神障害者対策」
にターゲットを絞った対策を論じなければならない根拠はどこも明らかにしていない。

彼らの本音は精神病院経営上扱いやすい儲かりやすい患者以外は受け入れたくない、入院中や退院後何らかの事件がおきて非難されたり、
賠償金を請求されるのは避けたい、ということである。そのためには「厄介な患者」をどこかほかのところに追いやりたい、
入退院について医療だけで判断して責任を追及されることを避け、責任をほかのところにおわせたいということになり、
措置入院の入退院判断の審査機関創設やら、「触法精神障害者」向けの特別施設新設の提言となる。

一方で現実に多くの「触法精神障害者」を引き受けている、という公立病院としても、
それを根拠に予算請求して行くために何らかの制度として特別病棟の新設を要求して行くことになる。

貧しい医療費、人手不足という物理的問題を抱えてゆがんだこの国の精神医療全体を底上げすることなく、
その場しのぎで特別な病棟を作れば、精神医療全体の貧しさはむしろ固定化されていくのではないか?
 いや87年精神保健法成立以来の精神保健予算の減額につぐ減額の状況を見れば、この貧しさは固定化されることは確実である。

☆国家の犯罪こそまず問われなければならない。

毎年精神病院での患者虐待が告発されている。虐待を受けた本人、そして虐殺を目撃した患者の心の傷は癒しがたい。日常的に
「精神科救急」の名のもとに私たちは誘拐され監禁され、身体拘束、薬漬けや電気ショックで傷つけられている。
精神医療によって癒されるどころか、まず傷つけられている精神障害者があまた存在する。
犯罪被害者のPTSD同様こうした精神医療の被害者のPTSDは深刻ではあるが問題にさえされていない。
こうした精神医療の被害者もまた犯罪被害者である。

退院して暮らす場所がないゆえに長期入院のままで10年20年と精神病院にとどめられている患者が10万ともそれ以上とも言われている。
その中には同意など一切なく精神外科手術をされた方たちもいる。手術によって新たな障害を押し付けられた方たちである。

戦争によるPTSDを発病した方たちは戦後もそのまま閉鎖病棟に入れられたままでなくなっている。
戦争中戦争直後にかけてたくさんの精神病院入院患者が餓死した。

これらは歴史的構造的に精神医療体制を作り出した国家の責任である。国家としての犯罪といわなければならない。

いま現在も進行しているこうした精神障害者の人権侵害と虐待を許したままで、新たに「触法精神障害者」なる用語をもって、
人を予防拘禁する制度を作ることなど一切認めることはできない。精神障害者もいわゆる「重大な犯罪を犯した精神障害者」も人間である。

政府は精神病者監護法(1900年)以来百年間の国家の犯罪を償うことからすべてをはじめなければならない。「医療中断防止」
「早期発見早期治療」
対策を言い立てる前に精神科医そして精神医療従事者は日常的な医療行為の点検と当事者からの批判に答える作業を開始すべきである。

たとえば長期入院患者の高齢化を考えただけでも、「触法精神障害者対策」など今論じている暇など本来ない。
それとも国家的犯罪の被害者である、長期入院患者が死に絶えるのをこの国は待っているのか?

 本来国がなすべきことをサボタージュし、目くらましとして「触法精神障害者」
とレッテルを貼られた方たちをいけにえにすることを許してはならない。

 

全国「精神病」者集団ニュース 2001年8月号

2001年8月発行の「ニュース」抜粋です。 一般定期購読は有料(年6回程発行1年分5000円)です。(病者である会員の購読は送料も含めて無料となっております。)

目録

ごあいさつ

長野県当局とのやりとり

お礼と報告(0の会より)

精神病者差別発言・差別表現の抗議運動を盛り上げよう!

窓口入手資料

夏期カンパ御礼

資料と本パンフの販売

編集後記


全国「精神病」者集団
ニュース


ごあいさつ

酷暑が続きます。皆さまいかがお過ごしでしょうか? 冷房のない精神病院の病室で、あるいはアパートの一室で眠れぬ熱帯夜に耐えておられる仲間も多いことと存じます。脱水症や熱中症、症状の再燃などを何とか避けられますよう、秋風がたつ日を待ち望みながらお祈りいたします。

池田小の事件以来、さまざまな保安処分攻撃がなされております。政府与党の動きだけでなく、各地でのイヤガラセなどの報告があります。しかしながら各新聞紙上での記事も「危険な者を閉じこめろ」というばかりではなく、精神医療の現状を暴露し根本的な改革を求める記事も見られます。いわば「論外」の精神医療と刑事司法制度の運用実態、獄中処遇をどう変えていくのか、原則的な議論を求めていかなければなりません。

また8月15日がやってきました。小泉首相の靖国神社参拝、「守る会」の教科書採択の動きに象徴されるように、戦争の歴史を直視するのではなく歪曲していこうとする強力な流れが作られようとしています。

ナチスによる障害者「精神病」者の大量虐殺を知っている方は多いのですが、戦争中そして戦後この国の精神病院で大量の餓死者が出たことは以外と知られていません。松沢病院に対しては陸軍から、「誤爆」ということにして入院患者を皆殺しにしてしまうという案まで戦争中に出されました。私たちは動物園の「猛獣」と同じ扱いを受けたのです。

さらに今でいうPTSDを発病し精神病院に送られた日本人兵士あるいは朝鮮人軍属は、戦後も各地の国立療養所(大半が元軍の病院)の閉鎖病棟に監禁され続け、差別の中で故郷に帰ることすら許されず、すでに多くの方が閉鎖病棟の中でなくなっています。

こうした戦争の犠牲者の歴史を抹殺しようとする動きを私たちは許してはなりません。戦争が私たち「精神病」者に何をしたのか、8月15日を迎え私たちは歴史を見つめそしてその中で今現在の保安処分攻撃を見つめていかなければなりません。

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北から 南から 東から 西から


(略)


長野県当局とのやりとり

長野 T

意 見 書

私は精神分裂病、精神障害者です。日ごろのつもる思いからこのような意見書をお送りすることにしました。

この意見書を書くにあたり、様々な団体、個人、仲間たち等に相談しました。文章の書き方としては、理屈をこねるのではなく率直な気持ちを、という意見を取り入れ、このような形としました。内容については具体的過ぎて危険だ、という意見もありました。全く知らない人が読めば、キチガイのたわごと、になってしまう、とも言われました。しかし、このまま出せ、と背中を押す方がいて、このままご提出することにしました。この意見書は書きかけです。

骨子にある「生活保障」と「社会・企業への啓蒙」については文章を書いてありません。また、書いてある文章も、練られた文章ではありません。書いたあとに勉強して加筆・修正したい部分もあります。しかし、練られた文章で無いからこそ、率直な気持ちが出ているかも知れず、この文章から読み取るべきものを読み取ってくださる方もいるかもしれない、と、そう思っています。

悲しみ、怒り、情けなさ、やるせなさ、……そういったものが私を動かしています。

私たちの活動は始まったばかりです。

この意見書は第1弾。

御回答を踏まえながら、これからも意見を訴えていきます。

読み取るべきものを読み取り、世の中を変えていって欲しい、そう願っております。

なお、文章は書いてありませんが、「生活保障」「社会・企業への啓蒙」についても、どのような展望を持っているのかご回答をお願いしたいと思っております。

ご検討のほど、どうぞよろしくお願い致します。

ご回答をお待ちしております。


骨子

Ⅰ.就労上の問題

1.就業上の差別の撤廃

就業規則等

待遇

2.障害者の雇用の促進

身体・知的・精神、それぞれ雇用パーセントを設ける

雇用義務を果たさない企業に罰則

3.メンタルヘルス

企業へのメンタルヘルスの義務付け

発病・症状悪化は企業の責任

Ⅱ.生活保障(いろいろあるが)

障害者手帳の充実

障害者年金

生活保護

各種施設・サービス

Ⅲ.医療の向上(いろいろあると思う)

医者のレベルの向上=医師の資格制度

病院の中

Ⅳ.いわゆる移送問題

病者の話を良く聞き、納得した上での治療下への誘導

現時点では、行政(保健婦等)にはその力量は無い。県内の医者にもその力量は無い。

比較的健康な病者を掘り起こし育成するか。病者の家族を育成するか。極めて優秀な医者を探して育成するか。

Ⅴ.企業・社会への啓蒙

「精神障害者」の存在を知らせる

ありのままの理解


Ⅰ.就業上の差別の撤廃

私が勤務している企業の就業規則には、「就業禁止」規定として

「職員が、次に掲げる病気にかかった場合には就業させない」

という条文があり

その第1項に

「精神病」

と記載されています。

就業させず、どうなるかといえば、「必要な期間」「休職」させる、

という内容となっています。

私は精神分裂病ですので、この条項にひっかかり、また、おそらく完治することは無いでしょうから、条文どおり私に適用されれば、私は退職するまで休職する、ということになるのでしょう。

しかし、私は十分余裕を持って現在の仕事をしていますし、とはいえ現在の仕事は極めて簡単な仕事なのですが、それ以前配属されていた職場でも、十分高い実績を上げていました。

まず、就業規則等に定める差別条項は少なくとも撤廃させて欲しい。

私の勤務する企業の就業規則は絶対おかしいです。精神病なら就業を禁止するというのはおかしいです。精神病だから就業を禁止するというような条項は禁止させてください。

また、私は現在35歳でヒラ社員、十分実績を上げていたのに精神分裂病であることが分かった途端に極めて簡単な仕事に左遷(就業規則は厳密に適用されなかった)、この差別的待遇には当然不満があります。

でも、責任も無く、比較的自由に休めて、残業もほとんど無く、休日には釣りに出かけたりしてのんびりしている、そんな生活も悪くない、なんて私自身は思い始めているのですが、それは諦めにも似た気持ちです。しかし、しかしながら、職務能力に関係なく、精神病であることを理由に差別的待遇がなされるのはおかしいと思っています。

就業規則等の差別条項の禁止と、職務遂行能力に関係ない差別的待遇の禁止を、まず、訴えたいと思います。

Ⅰ-2.障害者の雇用の促進

障害者雇用促進法という法律がありますが、この法律では、精神障害者は部分的に適用されているだけです。

具体的には精神障害者は雇用義務の対象としてはカウントされず、ほとんど、身体障害者と、知的障害者の為の法律となっています。

しかも、現在、その身体障害者と知的障害者についても、8割の企業が雇用義務を果たしていません。

障害者雇用促進法は全く機能していないのです。

そして、実態として、就職の際、私たちが精神障害者です、と言えば、職務遂行能力のあるなしにかかわらず、門前払いということは良くあることです。

臨時雇い、アルバイトなどなら、採用してくれることもありますが、それも障害者に対する理解がある企業だけです。

私は、私自身が病気であることを知らないで現在の企業に転職しました。だから転職できたわけです。(前述のような就業規則のある企業に)(農林水産省採用時も知りませんでした。)

また、比較的高い能力を必要とする(と言う表現が適切かどうかわかりませんが)仕事に就いている人は、発病前に就職したか、病気を隠して就職した人たちばかりです。更に、求職の際、職安に自分は精神障害者であると言って、求職する人はほとんどいません。

お調べになれば、精神障害者の求職者が異常に少ないことが分かると思います。就業している精神障害者の数字も極めて少ないはずです。私たちは病気であることを隠して生活しているからです。

ただ、精神障害者といっても人により、職務遂行能力には差があります。もともとの能力差もあるし、症状の差もある。しかし、職務遂行能力を勘案せず、精神障害者、ということだけで、就職できないと言うのは納得できません。

まず、精神障害者への理解を深めると言う意味で、雇用の促進を図っていただきたい。

また、精神障害者は、就職できないことによって、極めて貧しい生活を強いられています。生活保障の充実もさることながら、障害者の自立、更に社会への参加と言う意味も踏まえて職務遂行能力に支障のある障害者の雇用促進をぜひ図っていただきたいと思います。

なお、雇用義務を数値で決める場合は、既に職務に就いている職務能力に支障の無い障害者を掘り起こして雇用義務を果たしています、と言う企業が多く出てくるはずなので、精神障害者の雇用率は高く設定していただきたいと思います。

身体、知的、精神の3障害の障害者人口はそれぞれ異なるので、それぞれ義務雇用率を設定するのが適切かと思います。

また、上記に述べたように現状では雇用義務を果たさない企業が8割と言う実態を踏まえて、罰則規定を設けていただきたいと思います。

雇用促進法の趣旨に反することではないので、条例・事業で出来ると思います。

Ⅰ-3.メンタルヘルス

現在、安全衛生委員会等によって取り組んでいる企業もあると聞いていますが、また、全く取り組んでいない企業も多く、制度としては十分でないと思います。

例えば、うつ病になったとして、長期にわたって休暇を取ったら、首ということもあります。うつ病は仕事が原因で発病することは多く、まさに労災ともいえるのですが、労災扱いにはせず、首にする、というのはあまりにも理不尽だと思います。

分裂病も、私の体験から、症状が悪化するときは職場環境(仕事の内容ではない)が原因になっています。

しかし、労災とは認められない。(私が働いている企業はメンタルヘルスには全く取り組んでいません。というか、その逆をやっている面がある。)

また、リストラとなったとき、ほかの人に対しては希望退職レベルの状態であっても、精神障害者に対してはなにかと言いがかりをつけて首にする、ということもあるようです。

このような実態は納得できません。

精神障害といってもいろいろな病気の種類があり、十把一絡げというわけにはいきませんが、発病・症状悪化が企業に起因することは多いのです。

メンタルヘルスを企業に義務付け、発病・症状の悪化の際は、企業の責任を明確にする、

このことを訴えたいと思います。

Ⅲ医療の向上

私は何人も医者を替えています。しかし、それには理由があります。例をあげると、長野県の医者はこんな医者ばかりです。

医者A

担当医が転勤になった、そのあとの担当医。

自分が勤めている私立病院なら土曜もやっているから仕事に差し支えがなくなるし、私立病院のほうへ来い、というので、そちらに行った時。

「農水省で……」と過去の話を出したら「農水省ってなんだ?」ととぼけたことを訊くので、「カルテを読んでないのか?」と尋ねたら、「読んでない」と開き直った医者がいた。

医者B

悩みを話してもどうも反応が悪いので、医療費に「精神療法」と掲載されているが精神療法とは何をやっているのか?と尋ねると、「ふん、ふん」と言って話を聞くのが精神療法だという。前に話したことを覚えていないじゃないかと問えば、1日20人も30人も「さばいて」いるんだから覚えてられるか、と開き直った医者。更にこの医者は、転院時、薬の量を間違えた。つまり、紹介状も十分読まず、まさにいいかげんに「さばいて」いるだけの医者でした。

医者C

企業でいろいろと困った問題が起きていることを話していたら、薬を増やそうか、と言う。どういうことか訊いてみたら、どうやら、すべて妄想のような「症状」としてとらえているらしかった。しかも、社会のことは全く無知であることが分かった

以上の3人は短期間の間に替えました。

そして何より、官僚時代の2年目に病気であることが分かっていたにもかかわらず、まともな治療下に誘導できず、現在の社会的な位置まで落としてくれた医者(彼の書いた紹介状は、とんでもない誤解だらけで、薬もとんでもない薬だったようです。)

これを「キチガイのたわごと」と受け止めるかどうか、わかりませんが、少なくとも私が精神分裂病であることを10年以上前に分かっていた医者がいたのは確かで、その当時から適切な治療がなされていれば、現在もよりましな生活をしていたはずです。

そう思うと怒りが込み上げてくるのですが。

更に補足すると、長野県の医者は精神療法が出来ません。精神療法の報酬は取っていますが、できません。さる講演会では、「精神病は薬で治すもので、あとは患者自身が治すのだ」と言い張っていたそうですが、ならば、精神療法の報酬は取るべきではない。

確かに、分裂病の場合、その仕組みは、脳内の情報伝達物質であるドーパミンが過剰に分泌されると同時に脳の構造的破壊が起こることにより、症状が出るということが通説となっています。だから、薬により、ドーパミンの分泌を抑え、構造的破壊を抑止することは出来るでしょう。

しかし、脳は心を司る臓器です。過剰なドーパミン、構造的破壊により、心を病むのです。そのために社会生活もつらくなるのです。

薬を出すだけなら薬剤師で十分。精神科医なら心のケアをして欲しい。

私の場合、4年前に分裂病であることを自覚してから、自分で精神病に関する文献を読みあさり、ネットの討論に参加するなどしてリハビリをし、そして、メールフレンド等とのやり取りの中で、精神的に立ち直ってきたのですが、その間、医者は何もしませんでした。上述のような医者ばかりで、現在、精神に踏み込む会話は医者とはしていません。

ただ、信州大学の教授は精神療法的な事をしてくれて、手がかりを与えてくれた。半年だけでしたが、このことにはとても感謝しています。その次の信州大学の担当医(この方も半年)も丁寧に診てくれました。

しかし、そのあとの医者は上述のような医者ばかりなのです。

それでは困るのです。

それから、安穏と生活している医者達は社会について無知ですが、それも困る。

社会に関する理解は精神療法の前提となるものです。

私自身の転勤、担当医の転勤等を含め、私は10人くらいの医者をみていますが、長野県の医者は、適切な薬選びは出来ないけどとにかく薬を出すだけと言うレベルで普通、適切な薬を出せれば上等、精神療法が出来るのは教授だけ、というレベルのようです。

それでは困ります。

そういったことを踏まえて以下のような提案をしたいと思います。

○精神科医の技術の程度もしくは特徴を明確にする認定制度の導入

現状では医者になればあとは適当に患者を捌いているだけで、患者がどうなろうと医者を辞めることにもならないし、それどころか高い収入をえられる、というのが実態です。

医者です、だけなのか、自分は薬選びなら出来ます、程度なのか、精神療法(カウンセリング・心理療法)を適切に出来るのか、或いはうつ病が専門とかそううつ病が専門とか人格障害が専門とか分裂病が専門とか、医療技術のレベル・特徴を明確にする認定制度を導入し、その難易度に応じて医療報酬にも格差を設けるようにしたらいかがかと思います。

それも、一度認定されれば永久ということではなく、数年ごとに医者個々人の実態を把握した上で認定を更新するような、しかも、厳しく降格になることもある制度にしていただきたいと思います。

制度を改めることでどの程度医療レベルが向上するか分かりませんが、すくなくとも、なにもしないよりましだと思います。

Ⅳ.いわゆる「移送」問題

精神を病みながら、精神科に行かない人はかなりいるようです。

精神病に関する知識の欠如もありましょう。

また、「病識が無い」(自分が病気であると言う認識が無いという意味だが、正確には、或いは多くは、自覚はあるのだが、病気であることを認めたくないという精神状態といえる。)ことにより、病院にいく事を拒否する場合もあります。

しかし、家族や周辺の人たちは気づいていることは多いようです。

私の場合を話しましょう。

官僚時代、帰省したとき、家族とひと悶着あった次の日、私には何の断りも無く、精神科医師と看護士・看護婦が大勢で私の部屋へ押しかけました。

その時、ほとんど会話は無かったように覚えています。

その時、私は決して納得して病院に行ったわけではなかった。

その時考えたことは、「親が困って医者を呼んだのだろう。多勢に無勢。問答無用の状態だ。このまま職場へ戻れなければ職を失うことになるだろうが、そうはしないはずだ。今日中に戻れるかもしれない。入院させられても数日で出られるはずだ。ならば、病院に行ってお茶を濁しておこう。」と、だいたいそんなことを考えました。

そして、病院に行っても、医者は親にも正確かつ詳細な病気の説明はしませんでしたし、私にも説明はしませんでした。私は、薬を飲まされて、閉鎖病棟の中でマージャンを打っていただけ。

しかも、予想通り、数日で退院。

その時、医者は紹介状を私に持たせたのですが、その内容が出鱈目。

その紹介状は今も手元にありますが、今読んでも誰が読んでも出鱈目です。

それを読んで、あ、医者が誤解しているだけで、私は病気ではない、と思ってしまった。職場に戻っても病院には行きませんでした。

失敗例です。

(医者のレベルはその程度ということもいえる。)

成功例もあります。

4年前のこと。

私の病勢が悪化していたとき。

ある係長に呼ばれました。

会議室に呼ばれたのですが、私と仲の良い同僚2人と私と仲の悪い直属の上司がいました。

ある係長は、自分がうつ病であること、自分の体験などを話した上で、あなたは病気の疑いがあるから、病院へ行くようにと勧めました。

詳しくはかけませんがその時は納得しました。

私が定期的に病院に通うようになったのはそれからです。

上述のように、薬をもらうだけ、手がかりを与えてくれたのは信州大学の教授だけ、程度の低い医者ばかりですが……。

これは、私の体験ですが、いわゆる「病識の無い」病者はかなりいるようですので、以下のような提案をしたいと思います。

前述のとおり、医者の技術の向上を前提として、ですが。

2001年6月18日送付


県からの回答

長野県衛生部長のKともうします。T様、このたびは、県政に関する貴重なご提案をいただきありがとうございました。

ご提案のありました意見書につきまして、早速、業務を担当しております保健予防課長渡辺庸子に指示し、検討を行いました。

ご意見をいただきました中で、就業上の差別の撤廃の件につきまして、お答えいたします。

はじめに、就業規則に精神病を就業禁止としている規定につきましては、いただいた意見書の内容を読ませていただいた範囲では、この規定が法令等に明らかに違反しているとはいえませんので、行政として規定の改正を命ずることは現段階ではできないと考えております。

なお、労働安全衛生法におきましては、労働者が特定の疾病になった場合は、就業を禁止してその健康を守ることを事業者に義務づけておりますが、措置入院により就業禁止と同等の措置が担保されること等の理由により、平成12年4月に就業を禁止するこのから「精神障害のため、現に自身を傷つけ、又は他人に害をおよぼすおそれのある者」という規定が削除されました。

Tさんのお勤めの企業の就業規則の改正につきましては、まず労働組合等を通じてお話しされてはいかがでしょうか。

次に、職務遂行能力に関係ない差別的待遇の禁止についてですが、労使間で特別な約束がない限り、労働者は使用者の配転命令に従わなければならないというのが原則ですが、使用者の配転命令の理由が、「権利の乱用」と認められるような場合には、その命令は違法となります。Tさんの配転の理由が、病気の状態と業務量・業務内容を配慮した結果なのか、職務遂行能力と関係なく精神病であることのみをもっての処遇なのか、上司の方に相談されてはいかがでしょうか。

次に精神障害を持つ方の雇用の促進についてですが、まず、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に関しては、法自体はすべての障害者をその障害の種類の如何を問わず対象とするものとされていますが、ご指摘のとおり法の規定する雇用義務(雇用率制度)は現在のところ身体障害者および知的障害を持つ方のみを対象とし、精神障害の方はその雇用率算定に含まれておりません。その理由としては、雇用に適するかどうかについての判定が困難なこと、その雇用に伴う問題点を解決するための条件整備等の状況等にかんがみ、現時点においては、事業主への雇用の義務を課すことが適当でないためと説明されております。

法で定められた雇用率(法定雇用率)をどのくらいの企業が達成しているかという点に関しては、法律により報告義務が発生する従業員56人以上の企業に限ったデータですが、法定雇用率(1.8%)を達成している長野県内の企業の割合は55.1%(長野労働局調べ 平成12年6月1日現在)となっております。

条例で身体、知的、精神のそれぞれの障害ごとに雇用率を設定し、あわせて事業主に対する罰則規定をとのご提案ですが、法律で定めている以上の率やその率に基づく罰則規定までを自治体の条例レベルで制定することは困難であります。

従いまして、県と致しましては、長野労働局他関係機関と協力して障害を持つ方が就職しやすい環境づくりをめざし、県民の方の理解が深まるような広報等を推進してまいります。

続きましてメンタルヘルスの企業への義務づけについてですが、労働安全衛生法において、「事業者は労働者の健康の保持推進を図るために必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるようにつとめなければならない」とされています。

また、心の健康が大切になってきておりますので、厚生労働省では、平成12年8月に、事業場における労働者の心の健康の保持増進を図るため事業者が行うことが望ましい基本的な措置(メンタルヘルスケア)の具体的な実施方法を示した「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定し、事業者団体に対し幅広く同指針の周知を要請する等その普及・定着を図るとともに、普及啓発、教育研修等を推進しています。

県におきましても、事業所等を対象とした各種セミナー・研修会などでメンタルヘルスの講座をも受けておりますが、今後ともその普及定着に努めてまいりたいと考えております。

企業の責任につきましては、仕事に起因して疾病等にかかった場合は、労働基準法において、使用者には必要な保障を行うべき責任が課されているところであり、労働災害補償保険法に基づく労災認定の対象になることは、精神障害につきましても同様です。

なお厚生労働省では平成11年9月に精神障害の労災認定のための指針を策定し迅速かつ適正な対応に努めています。

次に医療の向上についてですが、

まず、医師の資格制度を見ますと、医師は、医師法の規定により医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けた者のであって、臨床研修の努力義務はあるものの、どういった科目を診療するかは、個人の選択・努力にまかされています。

いわゆる精神科医については、精神保健福祉法で、人権上適切な配慮を要する精神科医療に当たる医師について、一定の精神科実務経験を有し法律等に関する研修を終了した医師の内から厚生労働大臣が「精神保健指定医」を指定する制度があります。この精神保健指定医は、指定後も5年ごとの研修を義務づけられております。

精神科に限らず、どういった診療科においても医師は十分な研鑽を積むべきではありますが、医療技術が高ければその人にとって必ずしも「良い医者」というものでもありません。従って、県が個々の医師のレベルを判定、評価し報酬に反映させることは、上記のような理由と国の権限との関係からできません。不幸にして、いわゆる相性が悪い医者に遭遇したときは、たまたま自分にはあわないだけであると考えてみてはいかがでしょうか。お互いの信頼がなければ、本当の医療は成りたちません。その中で、患者の信頼を得られない医者は自然淘汰され、結果として信頼される医者のみが残るものと思われます。

これからは、患者自身が自分の基準で医者を選択する時代ではないでしょうか?

次に、いわゆる移送問題についてですが、

病識のない人を、強制的にではなく如何に医療に誘導するかは難しい問題です。県では、その手助けとして、保健所及び精神保健福祉センターで、精神保健相談の窓口を開設し、専門家が相談に応じる体制を整えております。

また、精神障害者を子弟等に持つ家族の団体である長野県精神障害者家族会連合会に、このような相談を含めお願いしています。

ご提案のありました自ら病気を体験した人及び精神障害者の家族による相談事業については、研修(訓練)を含めて検討してまいりたいと考えております。

今後一人でも多くの精神障害者が社会復帰し、地域でごく普通に生活できる社会の実現に向け努力してまいります。

最後に、生活保障と啓蒙についてですが、

県としましては、障害者の生活を支える住まいや活動の場の確保を始め、保健・医療・福祉等地域での暮らしの基盤となるサービスの質的・量的充実を図っております。

今後とも、精神障害への正しい知識の普及啓発を図り、偏見と差別の是正に努めてまいりますのでよろしくお願いします。

また、ご不明な点やご意見などがございましたら、お手数ですが、

(略)

まで、それぞれご連絡いただきますようお願い申しあげます。

長野県では、県民の皆さまとご一緒に、皆さまの目線にたった、開かれた県政を育んでまいります。今後ともよろしくお願い申しあげます。

平成13年6月25日

T様

長野県衛生部長 K


精神障害に関する「意見書」への6月25日付回答に対する意見・質問

前回は拙い意見書に対し、丁寧な回答ありがとうございました。

今回は回答の中で、主に、大きな認識のズレがあった点について意見及び質問をさせていただきたいと思います。精神障害者を取り巻く問題はトータルで考えるべきと考えており、また、文書にて回答をいただきたいとも思っておりますので、今回も、「県民のこえホットライン」へお送りいたします。

ご回答よろしくお願い致します。

県民のこえホットライン 御中

2001年7月9日


①T就業上の差別の撤廃について。

企業というものの説明が不足しておりましたので、まず、簡単に説明します。

生協では「構造改革」という名の下、リストラを進めつつあります。生協は理念は立派ですが、(どこの企業でも言える事ですが、)「タテマエ」と「ホンネ」というものがあります。

私の病気については、上層部の人は知っていますが、うやむやにしています。配置転換の理由もうやむやです。労働組合でとりあげたり、直接上司に相談したりすれば、私の立場は悪くなるだけでしょう。表沙汰にすれば、就業規則どおり休職にされるか、それが嫌なら辞めてくれ、と言われかねません。

ご助言はありがたいのですが、非常識です。

県ではこのような助言を他の精神病者に対してもしているのでしょうか? 不適切な助言だと思います。

さらに、就業規則については、雛型があるらしく、他の企業でもこのような差別的規則が定められているようです。1年6ヶ月という期限の定められているところもあります。

いくらメンタルヘルスに取り組むといっても、それが休職させること、あるいは更に期限か来れば退職させることであれば、メンタルヘルスなど無意味ではないでしょうか?また、差別規定があれば雇用促進も図りようがありません。 メンタルヘルス、雇用促進などと併せて考えると甚だ疑問です。

差別は精神病以外の病気についてもあるでしょうし、さらに田中康夫知事も述べているように国籍差別もあります。

条例で就業規則・就業条件等におけるすべての差別規定を禁止することは出来ませんか? 部分的でも結構です。

また、さらに、県庁、県の機関、関係施設等で、積極的に精神障害者を雇用し、他の企業・都道府県への模範を見せていただくことは出来ないでしょうか?

また、現在、精神障害者の雇用をとりまく諸制度について、精神障害者は無知です。(私自身も保健所等との付き合いはありますが、知らないことが多いです。)諸制度について、精神障害者への情報提供もぜひ図っていただきたいと思います。これは、行政機関が待っているのではなく、積極的に就業する障害者にアプローチしていただきたいと思います。

②医療の向上について

現地機関の「専門家」はここに記述された15行の内容を精神障害者に助言しているのでしょうか?

国の権限との関係から長野県では出来ない、ということは私も理解できますが、その他の文言は全く理解できません。

「上記の理由」の「上記」はどの範囲を指すのか私には読み取れませんが、段落の最初の3行を含むとすれば暴論となりましょう。

「精神科に限らず……」以下を指すと解釈すればよいのでしょうか。

「精神保健指定医」に関する記述がありますが、「精神保健指定医」は要するに誰でも取ることが出来るものです。簡単に言えば、強制入院させる権利を持つ医者のことで、病気を治癒させる技術が高い医者と言うわけではありません。精神科医の技術の側面である人間性を表す尺度でもありません。この資格を持つ事は病院の経営上は有利になりますが、最近では、強制入院などの人権侵害的な仕事をすることを嫌い、純然たる心の病の治療をしたい、という意思から、この資格をあえて取らない医師もいます。

病院経営の為に「精神保健指定医」の資格を取る医者より、「精神保健指定医」の資格を敢えて取らない医者のほうが、より良い医者である「可能性」が高いとは思いませんか?

「相性」の問題を提起されていますが、いくら相性が良くても技術の低い医者では治るものも治りません。私は発病15年にして優秀な医者(教授)と出会うことが出来ましたが、教授と同等のレベルの医者ばかりの中で「相性」を論ずるなら納得できますが、低レベルの争いの中で「相性」を持ち出しても、何も生み出すものはないでしょう。

更に「信頼」云々の記述、自分で医者を選択する時代、との記述が続いていますが、全く現実的な認識ではありませんね。

私の場合は下手な医者の手に掛かって薬漬けにされなかった、地元の医療技術の低い(精神保健指定医です)医者の言うことをきかず、薬をあまり飲まなかった為に現在比較的健康でいられるという解釈も出来ますが、20年前に優秀な医者に出会っていれば、現在、社会で活躍できていたかもしれないのです。それを「自分には合わないだけ」「自分の基準で医者を選択する時代」と切って捨てるのがパブリックサーバントたる県の見解なのでしょうか?

あまりにも不適当な記述です。

もう少し補足すると、私たちの情報は限られています。私たちは隠れて生活しています。お互いの交流も少ないです。全く交流の無い人のほうが多いです。作業所、デイケアなどに顔を出すのは最悪期を過ぎ、良くなってきている障害者だけです。また、精神病院や精神科医の噂話など一般の人の間ではすることはありません。また、精神医療に関する情報は全く地域の中で流れていません。さらにいえば、精神分裂病の場合、初期においては「病識」がありません。良くなってきている障害者の中には経済的余裕が全くなくなってしまっている人も多いです。(近くの病院に行くしかない。)

情報が限られ、精神障害特有の病識の欠如があり、経済的余裕も無い中で、「より重要な医療を必要とするとき」、私たち、そしてこれから発病する人たちが、自分の基準で医者を選択することが出来るのでしょうか?

県の見解としては不適切であると思います。

さらに、不幸にしてたまたま自分に合わないだけ、という記述に対し、大阪で流れた新聞記事を別添資料として添付し問題提起しておきます。そのような認識では済まない問題かと思います。

さて、否定的なことばかり書いてきましたが、建設的な意見に結び付けたいと思います。

まず、精神病者はもちろん、すべての県民が精神病になりうることを考え、精神病と精神病院、精神医療に関する情報を可能な限り県民に流すこと。

各種マスコミ・ミニコミ、市町村、各種病院等を通じて、情報を流していただけないでしょうか?

次に、通院交通費を県で負担すること。

患者自身が自分の基準で医者を選択するようになるのは、比較的症状が安定してきてからですが、そのときにはたいてい経済的に余裕がなくなっています。経済的余裕が無い中でもわざわざ遠くの病院まで通っている人は多いです。

医者を選ぶ時代というなら、交通費を負担していただけませんか?

さらに、田中康夫知事も述べていますが、精神科医の数は圧倒的に少ないです。

県立の精神病院は駒ケ根病院だけではないでしょうか?(私の認識不足かもしれませんが)

医者の質の向上が県では出来ないなら、量を増やしていただきたい。郡及び市に一つくらい県立病院を建てることは出来ませんか?

医療の向上に関して以上の3点いかがでしょうか?

③生活保障について

精神障害者へのアンケートを拝見させていただきました。アンケートの結果を踏まえ、可能な限りの施策の充実を図っていただくようお願い致します。

さらに、アンケートの結果を公表していただければなおありがたいと思っております。

啓蒙に関する記述で、「差別」があることを認める記述がありました。

重く受け止めております。

以上


(略)


お礼と報告(0の会より)

全国「精神病」者集団ニュース読者のみなさんへ

今回は0の会よりの火災カンパにご協力いただき事務局員および罹災者一同大変感謝いたしております。

カンパ金額は別紙のように498,100円となりました。

このうち、見舞金として497,000円を16名の罹災者へ、残りの1,100円は雑費として使わせていただきました。

こんなに多くのカンパが寄せられたことに、われわれは、まだ世の中も捨てたもんじゃないこと、病者の心の優しさを感じることができて大変うれしく感じました。

ここに、善意でカンパしていただいた皆さまにお礼を申し上げ、皆さまのご自愛をお祈りしご報告させていただきます。

2001.5.6

0の会会計担当 K

火災カンパの内訳

(略)


精神病者差別発言・差別表現の抗議運動を盛り上げよう!

東京 けん

全国「精神病」者集団の会員私設ホームページを作っています「けん」と申します。2年ほど前にはNHKやコンピューター会社への抗議の件で何回か投稿しましたが、今回は久しぶりの投稿になります。

前号で報告いたしましたように、先日5/15にまた国会で精神病者に対する差別発言があり、私は達増議員に電子メールで抗議文を送りました。

しかし現在返事はありません。

我々精神病者は様々な場面でこのような精神病者差別発言・差別表現によく出くわします。特に日常会話においてはTVよりもひどい表現が使われることが多いですし、そのような表現が大量に用いられています。

このような差別発言・差別表現を許してしまっているために、精神病者に対する差別は当然のことであるように思っている人が多いように感じられます。結果として、我々精神病者は生活上の苦労を強いられ、また精神病者の家族が周辺から差別されるのを恐れて精神病者が家から排除されることが多くなっています。

私はこの状況をなんとしても改善しなければと思っています。しかし、精神病者が1人で相手側と対決するのでは負担が大きすぎます。相手側は弱い精神病者1人に対しては動きが鈍いでしょうし、また、我々は一般人とは違い、制度上、権力側が気に入らなければ「強制診察」→「措置入院」によって簡単に長期拘束されうるのです。

このように精神病者が1人で相手側と対決するのが難しいので、全国「精神病」者集団のような団体が団体として抗議する役割が非常に大きいのではないでしょうか。 また数多くの精神病者差別発言・差別表現があっても抗議活動をしなかったのが現実です。

そこで、私からの提案です。精神病者差別発言・差別表現があった場合、全国「精神病」者集団の会員の一人一人がその差別発言・差別表現を見逃さずに、全国「精神病」者集団の窓口係などに知らせて全国「精神病」者集団として抗議活動をして、抗議活動の全体的な量を多くすると効果的なのではないでしょうか。

投稿執筆中に小学生8人殺人事件が発生しました。これをきっかけとして一気に保安処分攻撃が襲いかかっています。一般大衆はマスコミ・保安処分推進派の世論操作により、「精神病」者に対して実体とはかけ離れた偏見を強くしています。今こそ我々の運動を強くしていかなければなりません。


窓口入手資料

①第1回第2回第3回法務省・厚生労働省合同検討会議事録

②法務省厚生労働省合同検討会傍聴メモ(4回、5回)と配付資料(1回から5回)

③法務省・厚生労働省合同検討会主意書完全版(ニュースに掲載したものには略という部分がありましたがその部分を補ったもの)

④この間の保安処分攻撃に対する各団体の声明

⑤「裁判を受ける権利」論批判として

季刊福祉労働「保安処分制度のないことを誇りに」 池原毅和

たとえば「殺人」に関して不起訴は「精神障害者」のみではなく健常者にも適用されていること、すべての犯罪を国家が罰することは望ましいことか?

⑥保安処分攻撃の中の「移送制度」新設

季刊福祉労働 長野英子

⑦昨年長野英子の行った講演内容。

久留米障害者生活支援センターによるケアマネージャー養成講座の一環で「エンパワーメントとケアマネイジメント批判」が内容。

(略)


夏期カンパ御礼

夏期カンパに多くの方からご協力をいただきました。総額275,540円となりました(7月30日現在)。

厳しい経済状況の中、多額のカンパをしていただき本当にありがとうございました。

カンパに寄せられた一言から

*三種代として。がんばりましょう。

*昨6月29日会館での集会顔を見せただけで出なくてはならず、大変残念でした。次回からはしっかりと参加させていただくつもりです。ちょうど29日委員会での質問で大臣の「しっかりやります」答弁を引き出したところです。精神医療を何とかすると終わってからも大臣はいいに来ました。

*大野萌子さんの名を監修者か顧問として前面に出し、徹底的に利用すること。この雑誌の運命にかかわることとして……。大野さんは聖女である。死刑から赤堀さんを救出した。

*がんばってください。

*T氏の件でめげずにがんばってください。アルバイトやパートで食いつないでいます。法改正で欠格条項からアマチュア無線技師が復権しました。私は引っかからなかった。

*みんな仲間

*保安処分策動に反対して闘いましょう。

*寄付金です。わずかですが足しにしてください。

*いつもニュース楽しみにしています。少額ですがカンパします。

*何とか耐えられることを祈ります。小生E-mailアドレスを持ちました。PCにどこかトラブルがあるらしく、受信はできますがまだ送信できません。ニュースに掲載していただきありがとうございます。

*少額で済みませんが、カンパ送らせて下さい。

*がんばってください。今度お便りします。とてもためになります。

*少額ですが送金させていただきました。何かの役にたてば幸いです。小さな集団でも全国のみなさんと共にたとえ精神障害があったとしても負けない自分でありたいと思っています。これからもがんばってください。

*いつも機関誌の発送ありがとうございます。生活保護なのであまりお金が使えないのが通常です。絆社ニュースは精神病なので無料です。少しですが切手代印刷代にしてください。

*ニュースが続くために

なお「一部の篤志家に頼らず、せめて年金受給者からは会費を取ってはどうか」というご意見を会員の方からいただきました。現在事務局員が全員倒れているため(窓口係の山本は事務局員ではなく暫定的に任務を引き受けています。昨年来事務局員全員事務局体制再建のため必死の努力は重ねておりますが、その結果また病状悪化をきたしている者もおります)、組織内の討論ができない状況ですのですぐ議論できませんがいずれきちんと議論したいと思います。

窓口としてはそれぞれの仲間の生活状況は把握しかねますので、一律の会費というのは難しいかなというのが窓口係山本の率直な感想です。しかし一方でそれぞれのご事情を申告していただき対応するとなると事務処理が大変です。ただ年間500円でも千円でも会員のみなさまで出せる方はカンパをお寄せいただけたらと思います。

なお未使用切手、書き損じ葉書などのカンパも歓迎いたします。また長野英子発行の「反保安処分資料集1」の売り上げも全国「精神病」者集団の収入となります。お買いあげの程よろしく。

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資料と本パンフの販売

池田小事件以来、地域で生きる私たち「精神病」者に対して「強制入院」を筆頭にして弾圧の強化が図られようとしています。弾圧から身を守る知識として以下のパンフをおすすめいたします。

☆『改訂精神病院に入院している方へ ――権利助言パンフレット』

東京精神医療人権センター 2001年3月31日発行

代金と送料含め340円

☆『救援ノート 逮捕される前に読んどく本』

救援連絡センター 2001年4月20日発行

代金送料含め592円

保安処分攻撃に関しては長い歴史と討論がありますが、そうした流れを理解するために以下の資料、本をおすすめいたします。

☆『精神医療』フォービギナーシリーズ

長野英子著 現代書館1200円プラス税

精神医療の実態そしてそれ法的に支える精神保健福祉法、そして精神医療行政を一貫して貫く保安処分思想について「精神病」者の立場から説明した本です。

☆『「処遇困難者」だぞ文句あっか! 1991.2.2今迫る保安処分――「処遇困難者専門病棟」新設を許すな学習討論会報告集』

精神衛生法撤廃全国連絡会議発行

代金送料含め700円

☆『異議あり! 「処遇困難者専門病棟」新設』

「処遇困難者専門病棟」新設阻止共闘会議編

代金送料含め140円

☆「反保安処分資料集 1」

長野英子発行 B5判16ページ2001年4月1日

500円(送料含む)

内容:法務省・厚生省の検討会立ち上げにあたっての主意書、日弁連要綱案に抗議する全国「精神病」者集団声明、日弁連要綱案、復刻版「保安処分推進勢力と対決するために 日弁連要綱案―意見書―野田報告書を結ぶものへの批判(全国「精神病」者集団発行)」

☆「精神保健福祉法の撤廃と精神障害者復権への道」

久良木幹雄著 オープンスペース街発行

送料代金含め420円

精神保健福祉法の撤廃とそれに代わる精神障害者復権法の提案。素晴らしい内容です。ぜひご一読を

☆オランダの保安処分TBSの当局側の説明資料および施設入所者のための施設生活案内書

英文からの翻訳 A4判 28ページ

送料含め1000円

☆「報告集1997年世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワークミーティングに参加して」

世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワークジャパン発行

送料含め1180円

上記のTBS施設訪問の報告が掲載されています。

その他

☆『精神医療ユーザーのめざすもの――欧米のセルフヘルプ活動』

メアリー・オーヘイガン著 長野英子訳 中田智恵海監訳

解放出版社 1800円プラス税

窓口からは送料無料1890円でお送りいたします。

著者はニュージーランドで初めて患者自身による既成の精神医療体制に代わるサービスを発足させた方。「精神病」者解放闘争の理念および患者会の運営について、実践に基づき論点を整理したとても参考になる本です。

以上を窓口にお申し込みになる方は、電話以外の手紙、ファックス、メールでお申し込みください。ご住所は郵便番号からお願いいたします。それぞれ発送時に郵便替用紙を同封いたしますので、郵便局でお振り込みくださいませ。

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編集後記

*池田小事件以降嵐のような保安処分攻撃の中、翻弄され続けた毎日でした。

小泉首相の刑法改悪発言、政府与党の特別立法案、そして精神保健法改悪による新たな措置入院制度の新設などなど。こうした動きの中でかなり真面目に精神医療を実践してきた部分ですら、「特別立法への対案路線」に突っ走ってきています。

*典型的なのは全国自治体病院協議会(全日自病)の声明ですが、もしかしたら、刑法改悪→特別立法→精神保健法内での改悪という流れは実は出来レースで、厚生労働省・法務省と日精協・全日自病の間ですでに談合済みで、落としどころは精神保健福祉法改悪ということで手打ちがされているのではという疑念を私個人はもっています。

(略)