精神科医は死刑への関与を直ちにやめろ 学会は死刑問題小委員会を発足させろ

= 精神科医は死刑への関与を直ちにやめろ 学会は死刑問題小委員会を発足させろ=
 

 1993年3月26日3人の死刑囚の死刑が執行された。

 その内の一人大阪拘置所で処刑されたK氏が「精神病」者と判明している。Kさんは事実関係の誤りを求めて再審準備中であった。
彼の代理人である中道弁護士によると、中道弁護士の問い合わせに対して、
大阪拘置所当局は1985年11月12日付で以下のように回答している。「Kさんの確定判決前、
1982年1月14日に外部の精神科医がKさんを診察し『幻覚妄想状態(分裂病の疑い)』であると診断した」。
しかし拘置所はKさんを病院や医療刑務所に移送することはせず、半年に1回専門医の診察を受けさせるだけで、漫然と投薬を続け放置していた。

 そのあげくに政府はKさんを処刑した。

 「死刑に直面している者の権利の保護と保証の履行に関する国連決議(1989年1のD)」では「判決の段階又は処刑の段階を問わず、
精神障害者又は極度に限定された精神能力者に対する死刑は排除すること」と明記されている。
また国内の刑訴法479条には死刑の言い渡しを受けた者が「心神喪失の状態にあるときは法務大臣の命令によって執行を停止する」とある。
Kさんの処刑は明らかにこれらに違反した不当違法な処刑であった。

 その後も精神障害を疑われる死刑囚の処刑が続いている。1995年に大阪拘置所で「知的障害」疑われるFさん
(1審のみで確定再審準備中)が処刑され、また1996年に福岡拘置所で覚醒剤使用中の事件であると再審請求を繰り返し、
処刑直前にも再審請求書を書き続けていたHさん(覚醒剤の後遺症に苦しんでいたと伝えられている)が処刑され、
1997年8月1日には精神障害を疑われるNさんが東京拘置所で処刑された。

<WPAの死刑への関与禁止ガイドラインと日本の精神科医>

 1996年WPA(世界精神医学会)はマドリッドにおいて精神医療の倫理面における宣言を出し、
同時に特別領域におけるそのガイドラインを出した。このマドリッド宣言はWPAに参加する各国学会によって支持されたものであり、
「どの国の学会でも尊重されなければいけないものである」(日本精神神経学会とWPA執行委員との合同会議録よりOkasha氏発言、
学会誌99巻10号)。このガイドラインは死刑について以下のように述べている。
「いかなる場合であろうと精神科医は法の下での死刑執行に関与すべきでない。
また処刑できるか否かの囚人の能力評価に精神科医は関与すべきでない」。

 元法相佐藤恵氏によれば死刑執行のサインを求められる際に、添付資料として「精神的に健康」という資料がつけられていたそうである。
裏面資料にもあるように、死刑執行の過程においては「執行できる心身の状態にあるか否か」がチェックされることになっている。

 この「執行できる心神の状態にあるか否か」を矯正局が判断するにあたり、精神科医は専門家としての意見を求められているはずである。
この段階において明らかに精神科医は「処刑できるか否かの囚人の能力評価」を行っている。
日本では精神科医はWPAのガイドラインに反した行動をとっている。

 Kさんについても必ず精神科医が「執行できる」という判断をしているはずである。
まさにこの精神科医はKさんの処刑に加担したのである。この処刑に関してはWPAからも「どの医師がいかに関与したか」
と当学会は追求されている。

<今日本精神神経学会がなすべきこと>

 1998年に当学会会員でありまた全国「精神病」者集団の会員でもある大野萌子と山本真理がKさんの処刑に関連し、
学会内に死刑問題小委員会を作るよう要請した際、理事会としては「この(死刑)問題は法制度全体に関わり、
大きすぎて一医学会である精神神経学会で扱う範囲をはるかに越えています。
したがって死刑制度そのものについて委員会を特に設置するには無理があります。ただし精神障害者の死刑問題に関しては個々に
『精神医療と法に関する委員会』で検討いたします」旨の回答があった。
この結果精神医療と法に関する委員会および保安処分と司法に関する小委員会において、
とりあえず無実の死刑囚袴田さんの処遇問題に取り組むとの方針が出された。

 袴田さんの問題に対する取り組みに関しては一歩前進として評価するが、今一度WPAのガイドラインを見るとき、
日本の死刑執行過程における精神科医の果たしている役割につき、学会総体として態度表明が求められていると判断する。
例えば日本と同じように死刑制度が存続しているアメリカにおいてはアメリカ精神医学会は1980年に精神科医の死刑への関与を禁止した以下の決議をあげている。
「直接的であれ間接的であれ、医師が国家に処刑者として仕えることは、医療倫理の退廃であり、
治療者であり癒やし手であるべき医師の役割を腐敗させることである。したがってAPAは精神科医の処刑への関与に強く反対する」。
昨年総会において理事長もこの問題につき理事会で改めて検討したい旨発言しているが、今だその検討が理事会で行われていないようである。
当学会もWPAガイドラインにそって何らかの意志表示をすべきである。

 もちろん態度表明だけでは何ら実効性がない。アメリカ精神医学会の決議にも関わらず、アメリカにおいても多数の「精神障害者」
が処刑されている。精神科医が死刑に関与することがないよう具体的で実効性のある行動が求められている。
それゆえ精神科医がいかなる形で死刑に関与しているかその実態、精神障害の獄中処遇の実態とりわけ精神医療の実態等々を調査し、
学会として何ができるのか、何をすべきか検討していくためにも死刑問題小委員会の発足が求められている。

 私たちは日本精神神経学会に対し以下を要請する。

 ①精神科医の死刑への関与を否定する決議をあげること

 ②その決議を実行するために死刑問題小委員会を発足させること

2000年5月9日

全国「精神病」者集団

 


 

資料

死刑執行までの手続き

 一般には知られていない死刑執行までの手続きは、次の通りある。

①裁判での死刑確定

    判決・裁判記録

②高等検察庁・検事長→法務大臣へ上申書

    判決・裁判記録

③法務省刑事局付け検事の審査

    疑問があれば再調査→刑事局会議

    (1)刑執行を停止する事由はあるか

(2)非常上告の事由があるか

(3)恩赦に相当する事由があるか

  死刑執行起案書 

(1)犯罪事実

(2)証拠関係

(3)情状

(4)結論

④刑事局・参事官→総務課長→刑事局長

    各担当者が精読の上決済

⑤矯正局・参事官→総務課長→矯正局長

    (1)執行していい心身の状態か否か   

(2)恩赦の上申をする事由があるか否かを確認

⑥保護局・参事官→恩赦課長→保護局長

    恩赦に相当する事由があるか否かを確認

⑦刑事局

⑧法務大臣官房・秘書課長→官房長→事務次官(事前に大臣の内諾をとってから提出)

⑨法務大臣

執行命令書にサインする

⑩高等検察局

⑪拘置所長

    発令されてから 5 日以内に死刑執行

 



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