学会は患者本人の利益に奉仕しろ 学会は北陽病院に関する報告書を撤回しろ

= 学会は患者本人の利益に奉仕しろ 学会は北陽病院に関する報告書を撤回しろ=

 「北陽病院問題に関する報告書(以下報告書とする)」を一読し私たちは怒りを禁じ得ない。何でこんなくだらない報告書のために、
一人の患者が個人情報を公開され一方的に切り刻まれなければならないのか!という怒りである。
私たちはこのように同胞をさらし者にされることを許すことはできない。

<なぜ北陽病院事件が問題となるのか>

 北陽病院に措置入院中の患者の起こした事件につき被害者側が県を訴え、1億2千万円の民事賠償の判決が出た。
県側の一方的敗訴また高額な賠償金は精神医療業界に衝撃を与えた。「入院患者の事件の責任を負わせられてはたまらない」
というのが精神医療業界の本音である。それゆえ「危険な入院患者は自分の病院ではなくどこか特別なところへ行ってほしい」、
「違法行為を行った精神障害者に対しては特別な強制入院制度を、特別な施設を」という主張が盛んにされるようになった。
また一貫して保安処分導入を主張している精神科医にとってはこの民事判決は保安処分導入を図る絶好のチャンスであった。 

 だからこそ日精協はこの問題を即取り上げ、従来からの保安処分導入へのキャンペーンを強化していった。
95年には日精協はマスコミへのアンケート調査という名目でマスコミへのオルグ(例えば質問項目には
「殺人を犯した患者と一緒の病棟に入れられるのは不安だという訴えを他の入院患者から聞くことがありますが、このことを知っていますか」
というものまであった)を開始し、それ以降も積極的にマスコミオルグを行ってきた。それは一定程度成功し、マスコミの違法行為を行った
「精神障害者」の実名報道や保安処分扇動キャンペーン(例えば98年の週刊朝日)として結実している。

 また今年4月から施行される精神保健福祉法の見直しにおいても、
日精協だけでなく様々な団体が措置入院制度の強化や違法行為を行った「精神障害者」への特別な施策、施設が必要という主張をしてきた。
こうした主張は民主党の海野徹議員の参院予算委員会での保安処分新設要求質問、衆参両院委員会の
「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方については、幅広い観点から検討を行うこと」という全会一致の決議に反映し、自民党では
「精神保健問題小委員会」が作られ「触法精神障害者」問題につき2001年までに結論を出すというところまで来ている。
そして日本精神神経学会においても昨年の保安処分推進シンポジウム(司法精神医学の現代的課題――
日本の触法精神障害者対策の在り方を巡って――)が行われた。

 北陽病院事件はその当の本人である脱院した入院患者個人の問題から離れ、保安処分をめぐる政治的課題のとなったのだ。

<なぜ学会は北陽病院の民事訴訟に関する報告書を出すのか>

 報告書はこの調査を行う経緯および目的として以下述べている。「この判決は病院側の管理責任を全面的に認めたものであり、
精神分裂病の医療を拘束性の高い施設内収容下で行うことを促し、開放的な精神医療を著しく後退させるものである」
という理由で北陽病院院長から東北精神神経学会に日本精神神経学会で取り上げるよう要請があり、
東北精神神経学会はこの要請を受け日本精神神経学会理事会に対しこの民事判決に対する学会としての声明をあげるよう要請をした。
理事会は事実経過の調査が必要であるとして精神医療と法に関する委員会に調査を命じた。そして委員会は「(脱院した患者の)強盗殺人に関し、
北陽病院に責任があるか否か、特に日本精神神経学会として、精神医学・医療に従事しているものの立場から検討することを目的」として調査し、
この報告書が出された。

 したがって報告書は北陽病院問題の民事訴訟判決を個別事例として検討し、民事判決批判をすることになる。
それゆえ患者本人の生活歴や病歴、北陽病院入院中の医療従事者による観察の記録、などがつぶさに検討されることとなる。

 報告書の結論は必ずしも明確ではないが、本人に対して行われた刑務所の処遇および精神保健福祉法上の処遇も適切であり、
とりわけ北陽病院の処遇および治療も適切であるとした上で、この事件に関し病院の責任を重く認定した民事判決に疑問を投げかけている。

 この報告書のきっかけとなった北陽病院院長の要請でも分かるように、入院患者が違法行為を行った場合に、
病院がその責任を問われ多額の賠償金を求められるようになれば、精神病院としては自己防衛上入院患者を厳重に監禁せざるを得なくなる、
という判断がこの報告書作成の動機である。そこには、医療とは何か、精神科医の任務とは何か、医者は誰のために働くのか、
といった哲学は一切ない。あるのは保身とソロバン勘定だけだ。

 だからこそこの報告書は「北陽病院問題」を「北陽病院対被害者の民事訴訟問題」に矮小化し、
民事訴訟の範囲内で北陽病院に責任があったか否か、を問うことしかしないのだ。

<「北陽病院問題に関する報告書」はその目的を達成できない>

 この報告書は二つの側面から批判することができる。一つはこの報告書の中身がその作成動機にある
「この判決は病院側の管理責任を全面的に認めたものであり、精神分裂病の医療を拘束性の高い施設内収容下で行うことを促し、
開放的な精神医療を著しく後退させる」ことを防ぐのに役に立つか否か、
今一つはこの報告書が脱院し事件を起こした患者当人にとってどういう意味があるか、である。

 前者について報告書は、北陽病院に落ち度がなかったことを主張し、
それによりこの民事判決を批判することでその目的を達成しようとしている。
しかし学会が報告書を出したり声明を出すことが有効か否かの問題はさておき、
報告書はその内容からいってこの目的を達成することができるとは考えられない。北陽病院は適切な医療と処遇をとっており、
この事件に一切責任はない、と主張しこの賠償金は不当であると主張し、仮にそれが受け入れられたとしてどうなるだろうか
(もっとも報告書自体あいまいであり明確な結論を出していないが)? 前述したように北陽病院事件は保安処分があるいは「精神障害者」
の分断と厳重な監禁が必要であるという主張の根拠として利用されている現実がある。したがって保安処分を推進する者たち、
あるいは入院患者のより厳重な拘禁を求める者たちの論理はこうなる。「北陽病院に落ち度がないとしたら、
現行の精神病院の実態そして制度の下ではいかに適切な処遇、治療をしても事件は起こることになる。必要なのはこうした事件を防ぐ新たな制度、
施設である」。

 保安処分をめぐる政治課題となった北陽病院問題は、いくら個別の民事訴訟を分析調査しても、理解し何らかの方針が出る問題ではない。
事件を予測できたか否か、回避できたか否か、北陽病院に責任があるか否か、は問題の本質と一切関係ない。
北陽病院問題の本質は精神医療の目的とは何か、言い換えれば、精神医療は本人の利益のためにあるのか、
それとも社会防衛のため治安に奉仕するため、犯罪を防止するためにあるのか、である。そしてさらにいうなら、「精神障害者」
を犯罪予備軍と想定する「精神障害者」観、報告書も触れているように「精神障害者の行為一つ一つにつき、監督すべき主体が想定され、
監督が不十分であったということになれば責を問われるのである」という現状を支えている「精神障害者」観である。
健常者の成人が個人として殺人事件を起こしたとき、誰も監督責任を追及されないし、
本人に支払い能力がなければ被害者は民事訴訟を起こしても何ら賠償されることはないではないか。なぜ「精神障害者」だけが監督され、
監督責任のあるとされるものの責任が追及されなければならないのか?

 いま学会に求められているのは、精神科医は患者本人の利益に奉仕するために精神医療を実践する、
精神医療は犯罪の防止のためあるいは社会防衛のために使われてはならない、という宣言であり、明確な反保安処分の宣言である。
そうでなければいかなる事件が起きいかなる民事判決が出ても、医療目的を貫徹するためには開放的処遇が必要であるという主張はできないし、
入院患者の厳重な監禁をという主張に対抗することはできない。

<「北陽病院事件に関する報告書」は撤回を> 

 報告書は脱院した患者本人にとってはどういう意味があるだろうか? まず許せないのは個人情報の開示である。
たしかにこれらの個人情報(生活歴、入院歴その他)はすでに公判において開示されているものであろうし、
法的には公開したところで問題ない情報かもしれない。
しかしながら精神科医が医者としてこうした個人情報を再び三度公開することには倫理的な問題がある。
学会も少なくともその点を考慮したからこそ患者名を匿名にしたのだろうが、病院名事件内容が明らかな以上、誰でもこの患者名を特定できる。
精神医療が患者個々人の利益のためにあり、精神科医は個々の患者の利益に奉仕するものであるなら、
この脱院した患者本人にとって個人情報の開示がどういう意味を持つかが問題にされなければならない。患者本人にとっては、
自分個人の利益には一切ならない調査において、自分の利益に奉仕すべき精神科医によって、
さらには自分の入院していた精神病院の医者によって、自分の個人情報が再々度公にされたということになる。
しかも民事訴訟の分析という性格上、自分自身の言い分は一切含まれていない個人情報であり、分析である。
なぜ本人の同意も要請もなく一方的な調査をされなければならないのか?
 患者本人の精神医療に対する絶望はこれによりさらに深められたといって過言でない。

 そもそも事件の時、北陽病院の主治医および医師たちは彼の救援活動を一切行わなかった。
されには刑事法廷において彼の主治医は彼の悪口を証言している。その証言に彼はどれだけ傷ついたことだろうか?
 さらに加えてこの報告書である。精神医療従事者、精神病院経営者・管理者の保身とソロバン勘定のために、なぜ「精神障害者」
はこれほどなぶりものにされなければならないのか!     

 私たちはもとより本人の代理人でも代弁者でもないが、
私たちはこのように同胞をさらし者にされなぶりものにされることを許すことはできない。私たちは、
報告書について学会が自己批判することそしてこの報告書を撤回することを求める。

2000年5月9日

全国「精神病」者集団

連絡先 923-8691

小松郵便局私書箱28号 絆社ニュース発行所

 



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