「心神喪失者等医療観察法案」を廃案へ 精神保健従事者団体懇談会特別フォーラムに参加された皆様へ

精神保健従事者団体懇談会特別フォーラムに参加された皆様へ

= 「心神喪失者等医療観察法案」を廃案へ =

  長野英子 http://www.geocities.jp/jngmdp/

  「心神喪失者等医療観察法案」が今国会で継続審議となり、秋の臨時国会で再び審議されようとしている。この法案は「再犯のおそれ」
を要件として「再犯を防止すること」を目的に、犯罪にあたる行為をし、心神喪失等で不起訴や無罪・執行猶予などとされた人を対象とし、
予防拘禁しようとする法案である。この法案の対象とされ特別の施設に収容されれば、「再犯のおそれのなくなるまで」
おそらく終生の拘禁が予想される。かつて反対運動で頓挫した刑法保安処分新設と同質の保安処分であり、
手続き的にはそれ以上に問題のある法案である。この法案について賛成の立場から発言している山上皓東京医科歯科大学教授は、
欧米の保安処分制度を高く評価し、その宣伝に努めている。しかしながら、
たとえばイギリスの保安病棟の実態あるいはそのシステムが取り返しのつかないほどの人権侵害を引き起こしていることを、
ちょうど今イギリスのインデペンデント紙がキャンペーンを行っている
(ここで取り上げた記事翻訳及びWNUSPの国連特別委員会でのスピーチ翻訳は長野英子のホームページに掲載中)。

不定期拘禁の実態

 インデペンデント紙「たとえ回復しても出口のない高度保安病棟」(6月16日付)では3つの高度保安処分病院(ブロードモアなど)
には、すでにそこにいる必要がないと判断されている患者が、
行き場がないため400人待機リストに載せられたまま拘禁され続けていることを暴露している。
権利擁護のための審査機関もその審査そのものが間に合わずに迅速な審査すら行われていない実態である。

 またひとつのケーススタディとしてすでに22年間ブロードモアに拘禁されている女性作家の例も挙げられている(インデペンデント紙
「高度保安病棟 ジャネットは22年間入れられている。狂っていると認めない限り彼女は釈放されない」6月16日付)。
彼女は殺人事件をおこしたわけでもなく、菜切り包丁で精神科医のおしりを刺したというだけで22年間拘禁されている。

 年間一人当たり直接費用だけで2600万円以上もの費用を使い、
日本より少なくとも法的にはましな人権救済システムを用意されていても、上記のような実態だ。今回の法案が「社会復帰」
を目的と称していても、現実には受け入れ場がなくなり、特別な施設に拘禁され続ける実態を生み出すこともこの記事で明らかになっている。

対象者の拡大 恐怖に支配されていく精神医療

 さらに最近イギリス政府が発表した精神保健法「改正」の草案によると、
なんら犯罪にあたる行為をしていない患者でも高度保安病院に収容できるようになり、
また治療可能性のない人格障害者であっても収容できることになる(「精神病者は法律を破る前に収容される」6月23日付)。

今回の特別立法や「処遇困難者病棟」あるいは何らかの特別病棟の新設によって、「精神病院の開放化がすすむ」あるいは
「地域精神医療が促進する」「精神医療が本来の医療に専念できる」などという、宣伝あるいは意図的誤解が日精協を中心になされているが、
このインデペンデントの記事(「恐怖製作所」6月30日付)を読む限り、むしろ「危険な精神障害者を選別し特別施設に送る体制」
である保安処分の存在するがゆえに、精神科医はじめソーシャルワーカーなどなどすべてのサービス提供者側に対して、
「犯罪の危険の予測とその防止」の任務が押し付けられ、訴えられるというおびえゆえに、
強制力の行使が行われるという実態が明らかになっている。「ますます強制的になる医療サービスの一つの目安として、
精神病院に強制的に入れられた人の数が、過去10年において1.5倍に増えていることがある。
1990年から1991年に18000人だったのが、2000年から2001年には26700人になっている。これらに加えて、
何千人という患者が治療のために自主的に入院して、その後で退院が認められなくなっている。この数もまた明確に増えている。
その結果約50000人の人が去年精神病院に拘禁されており、その数は10年前より20000人多い」(「恐怖製作所」6月30日付より)

インデペンデント紙では「犯罪の予測と防止」というできないことを要求される精神科医の困惑というか苦悩が語られているが、
今回の特別立法を許せば、こうしたことは日本でもおきてくる。もちろん今での措置解除に関しての「おびえ」は精神科医にあるが、
それをどこかに判断してもらう体制を求めることでかえって、精神医療全体が社会防衛的治安の道具にしてしまうことは明らかだ。

精神医療の国際的反動の流れの中で

 60年代後半から70年代初頭に掛けて各国で「精神病」者自身の解放闘争が全国化していった。80年代には欧米ではこうした
「精神病」者運動の主張が一定精神医療体制の中に受け入れられ、とりわけアメリカにおいてはセルフヘルプ・
オールタナティブが活発化していった。こうした動きに対して精神科医の一部からは「精神科医のやることはない。
ソーシャルワーカーでも素人のほうがいいサービスができるなどという風潮」という苦々しげなコメントが出てくるようになった。

90年代になってこうした精神科医と製薬資本の巻き返しが本格化した。各国での地域での強制医療体制
(裁判所命令によって強制的に注射を受けさせられ、拒否すれば強制入院となるなど)、英米から世界化した電気ショックの再評価と強制の動き、
ロボトミーの復活などの動きも見逃せない。アメリカではブッシュ大統領のもと各地の「精神病」
者活動への援助をしている全国センターへの連邦資金が0にされるという攻撃もある。

さらにヨーロッパにおいてはヨーロッパ評議会(Council of Europe )の生命倫理に関する運営委員会作業班の
「精神障害者とりわけ精神保健施設に入れられているものの人権と尊厳を保護する白書(2000年1月)、が出され、ヨーロッパユーザー・
サバイバー・ネットワークはこの白書は題名と異なり「精神病」者の人権をいかに侵害するかという内容であり、強制医療の拡大、
とりわけ地域での強制医療を強化するものと、厳しく批判している。この白書に続き
「精神障害者とりわけ精神保健施設に入れられているものの人権と尊厳を保護するための参加国への閣僚委員会勧告草案(2001年9月)」
がだされ、精神障害の定義として精神病、知的障害、人格障害があげられ、なんと「例外的ケース」とは限定されているものの、
強制的不妊手術と強制的中絶を法定するよう勧告しているとのことだ。
イギリスの精神保健法案もこのヨーロッパ評議会の一連の動きを背景に出てきたものといってよい。

アメリカ一極支配の下での歴史的反動の中で、弱い環である「精神病」者への攻撃が一挙に強まったともいえるし、
精神医療の政治利用治安弾圧への活用が図られているとも言える。
ちなみにイギリスでは反テロ法によって逮捕された人が病院当局の反対にもかかわらず特別病院に監禁され続けているとのことである
(インデペンデント7月21日付)。

 日本の特別立法も精神医療全体の反動化の流れの中にあることは、
このWPA世界大会が製薬資本の金まみれであること一つを持っても明らかである。
ちなみにWPAの世界大会はいわば製薬資本からの金のマネーローンダリング大会であり、
大会は必ず利益を生み出しWPA本部にその利益を上納する仕組みとなっている(日本精神神経学会総会。評議会議事録参照)。また特別立法が、
盗聴法、組織犯罪防止法、個人情報保護法案、有事立法案といった一連の治安弾圧立法の中で位置付けられていることはいうまでもない。

 一方「精神病」者もこうした反動を決して見逃してはいない。象徴的なのが、
国連の障害者権利条約のための特別委員会においての障害者NGOの闘いであり、とりわけ歴史上初めて世界精神医療ユーザー・サバイバー・
ネットワーク(WNUSP)は「精神病」者の国際組織として声をあげた。WNUSP他「精神病」
者団体は30年間の各国での闘いを踏まえ差別にもとづく強制医療体制の廃絶を訴えた。

本日6時半からの集会ではアメリカの「精神病」者シルビア・カラスさんにこうした攻撃に対する「精神病」
者の反撃の活動としてアメリカの活動報告、国連特別委員会の報告をしていただく。

特別施設での医療内容

法案の特別施設でいかなる医療が施されるかほとんど明らかになっていないが、坂口厚生労働大臣によれば、一般的精神医療と「矯正医療」
とのことであり、水島広子議員の要請により厚生労働省が出した「指定入院医療機関における医療の基本的考え方」(長野英子のページに掲載中)
というメモによれば、「矯正医療」の中身はいわゆる「人格障害者」に対する「矯正プログラム」を想定していると見られる。
こうしたプログラムを重篤な「精神病」者に強制することは恐るべき病状悪化を招くことは明らかである。

またあいまいな「人格障害」概念規定を肯定し、この法案の対象者とするならば、いかようにも対象の拡大はなされうる。

しかも電気ショックやロボトミーなど精神外科手術あるいは薬物去勢などがこの施設で行われない保障は一切ない。
各国の保安処分施設が研究者による人体実験所として利用されてきた歴史もあり、
83年に暴露された入院患者が虐殺された宇都宮病院で東大の精神科医が人体実験を行っていたことも記憶に新しい。
宇都宮病院は私設保安処分施設と呼ばれていた。

すでに電気ショックは精神科救急の現場で濫用されており、
この6月にも電気ショックによる死亡を疑われる事件が神奈川県立病院でおきたばかりだ。ロボトミーも国際的には80年代より復活しており、
スコットランドでは重症のうつ病患者に強制的にロボトミーできる法案すら準備されている(ガーディアン6月12日付)。厚生労働省の
「精神科の治療指針」(昭和42年改定)はロボトミーなど精神外科手術を掲げており、この通知はいまだ廃止されていない。

私たち「精神病」者に人権なしという国の姿勢

この1ヶ月の国会審議においてこの法案の問題点は次々と暴露され、とりわけ「再犯予測の可能性」の根拠は完全に崩れ、
この法案の運用自体が成り立たないことが明らかになっている。もちろん仮に「再犯のおそれ」が100%だと証明されたとしても、
やってもいない行為の「おそれ」を持って人を拘禁することは、あってはならないことはいうまでもない。

 7月5日の法案の法務厚生労働連合審査において、森山大臣および坂口大臣は到底見逃しがたい答弁を行った。

 佐藤議員は再犯予測ができるのか、といった再犯予測可能性をめぐる質問をし、100%
というのはできないだろうという坂口大臣の答弁を引き出した。

 その流れで、佐藤議員はもしこの法案が動き出して、それによって被害が出たとしたら、それに対して大臣は責任が取るのか、
と追求したところ、坂口大臣は、被害というのはどういうことか分からないとした上、この法案の対象者は重大な犯罪を犯した人であって、
その人たちに治療を提供するのだから迷惑をかけるなどということはない、むね答弁した。

 一方森山大臣も、十分なケアをし、社会復帰を目指すのだから、被害というのは分からない。
人権上の問題を指しているとしたら人権問題が全くないよう、人権保障は大前提としている、と答弁した。

 すなわち「再犯のおそれ」鑑定が誤り、「再犯のおそれ」のない人を処分の対象として拘禁しても、これは「医療と社会復帰を目的」
としているのだから、なんら不利益を与えないのだ、という論理である。

 開き直りとしかいえない答弁である。法案対象者とされた人には人権なしという宣言である。

 この論理では法の目的さえ「医療と社会復帰」であれば、その法にもとづき強制収容され、いかなる医療を施され、
実りあるべき人生を奪われても、なんら被害ではない、ということになる。私たち「精神病」者には人権なし、という論理だ。

 現行の精神保健福祉法においてもその目的は「医療と保護および社会復帰」となっている。

 しかしながら、この国の精神病院では医療的に入院が不要でありながら、
行き場がないために精神病院での暮らしを余儀なくされている人たちが7万とも10万とも言われている。
このことは坂口厚生労働大臣自身が国会答弁で認めている。その中にはかつて精神外科手術を受け、
新たな障害を押し付けられ苦しんでいる仲間もいる。これらの方は高齢化し一刻も早い救済がなされなければならない方たちである。
ハンセン病訴訟で語られた強制隔離による人生被害を受けた方たちである。

 厚生労働大臣、法務大臣の今回の答弁によれば、法の目的が社会復帰と医療である以上、
これらの方たちも一切被害を受けていないということになる。国は何もしない責任もとらないという宣言とさえ受け取れる。
長期入院者の社会復帰やら精神医療福祉の充実という厚生労働省の言葉の欺瞞が今明確になった。

 精従懇シンポジウム参加者に訴える。一切の幻想を捨て、特別立法廃案に向け私たち「精神病」者とともに闘うことを! 

資料(厚生労働省が水島議員の要請にもとづきだしたもの)

指定入院医療機関における医療の基本的考え方

1 基本的な医療

入院患者に対しては以下のような医療を行う本日6時半からの集会ではアメリカの「精神病」者シルビア・
カラスさんにこうした攻撃に対する「精神病」者の反撃の活動を報告していただく。

@症状改善のための薬物療法

@疾病理解を促しつつ、患者を心理的に支える個人精神療法

@他者との交流に重点をおく集団精神療法

@疾病再発の防止方法を習得させる心理教育

@基本的な社会生活の技法を習得させる社会生活技能訓練

@作業療法などを通じた社会復帰に向けた訓練

@家族へのカウンセリング(患者への心理的指示、服薬管理について助言)等

2 専門的な医療

 再び重大な他害行為を行うおそれのある精神障害者については、衝動性が強い等の特性がありうるため、ここの特性に応じ、
上記の基本的な医療に加え、以下の医療を行う

@「怒りのマネージメント」等の暴力の自制能力向上のための個人精神療法

@重大な他害行為について内省させ、また被害者への共感をはぐくむとともに、患者に対し療養に取り組むインセンティブを与える個人・
集団精神療法

@適切な人間関係を築く技能を習得させる社会生活技能訓練

@家族へのカウンセリングでは、重大な他害行為の再発防止等について助言

@患者の行動観察を入念に行い、「おそれ」を評価 等

 



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