全国「精神病」者集団ニュース 2008年2月号

2008年2月発行の「ニュース」抜粋です。 一般定期購読は有料(年6回程発行1年分5000円)です。(会員の購読は送料も含めて無料となっております。なお、一部、省略している箇所や伏せ字にしている箇所があります。これについて何かご要望などありましたらホームページ管理人まで直接お願いします)

全国「精神病」者集団

ニュース


= = = ごあいさつ = = =

「新年明けましておめでとうございます」なんて挨拶は、時間と言う概念が生み出した人間の空想の産物なのでしょう。広い目で見ると地球はまわっている、それだけのことかもしれません。

エスキモーには時間の概念がなかったそうです。食料保存の際に今日は少しだけ食べて明日に残すと数える文化がどの民族にもあります。その基準は昼と夜の交代、夏と冬の交代です。昼と夜や夏と冬がある地域に住む民族は、このように時間と数字の概念をつくりだしました。

しかし、エスキモーの住む地域には基本的に夜がありません。基本的に年中冬です。基準になるものがなかったため、時間の概念がなかったのです。

こんな地域にもし住んでいたら、カレンダーや時計になんの意味があるのでしょう?毎日雪が降り、夜も明るい、正月とはいつかがわかりません。きっとカレンダーが変わることに、本当は意味なんてないのでしょう。

とか言いながら、最後の言葉は思いつかないので、本年もよろしくお願い申し上げます。

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抗 議 声 明

本日(2月1日)、持田孝さん(東京拘置所)、松原正彦さん(大阪拘置所)、名古圭志さん(福岡拘置所)への死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。 鳩山邦夫法務大臣は、前回12月7日の3人への死刑執行から、わずか2ヶ月も経たないうちに就任以来2回目の執行を強行した。就任時に鳩山法相は、死刑執行のあり方について見直す考えを示し、「勉強会」を持つなどしてきたと伝えられるが、それが、執行の責任を誰も負わない「自動的」な執行への道を切り開くものにすぎなかったことが今や明らかとなった。鳩山法相は自らが執行への「ベルトコンベア」をフル回転させているのだ。

昨年12月18日には国連総会において「死刑執行停止決議」が104ヵ国の賛成によって採択されたばかりである。死刑存置国に対して「死刑の廃止を視野に入れて、執行の停止を確立すること」を求めるこの歴史的な決議に見られる世界の流れに、日本は全く逆行している。決議に反対した54ヵ国の中でも実際に執行を行っているのはさらに少数である。この16年間にわたって死刑執行のない年を作らず、それどころか、死刑判決数、死刑確定者数、死刑執行数のすべてを急増させている日本は、もはや「死刑大国」と化しつつある。今こそ、なぜ世界の多くで死刑制度の廃止が求められてきたのかを、謙虚に受け止め、直ちに死刑執行の停止に踏み切るべきときである。<中略>われわれは、日本政府および法務省並びに法務大臣に対し、今回の死刑執行に強く抗議するとともに、直ちに以下の施策を実施するよう求める。1 死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けて努力すること。2 死刑に関する情報を公開すること。3 死刑確定囚に対する処遇を抜本的に改善すること。4 犯罪被害者に対する物心両面にわたる援助を拡充すること。

<後略>2008年2月1日「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」抗議声明より引用


ゾテリアと薬の連用について

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無薬物環境療法について

『週刊読書人』2005年10月14日号に、ルック・チオンピ著『基盤としての常道』(学樹書院)の書評が載っている。評者は、河本英夫である。その冒頭の部分を紹介しよう。

「著者チオンピは、精神病の無薬物環境療法の展開で、世界的にはよく知られている。病院ではなく、民間家賃に住み込み、常時看護士が付き添い、治療部屋は壁も床もスポンジで柔らかくしたソフト・ルームを用いる。統計的に見て、この治療法は薬物療法と同程度の効果的があるが、予後の良さでは格段に過ぐれている。スイスのベルンでこうした治療施設を運営したため、この施設は『ゾテリア・ベルン』と呼ばれている。

これを見て、図書館で、関連する図書を探してみた。河本英夫、花村誠一外著『精神医学』(青土社、1998年12月刊)に、出会った。そこに、チオンピと著書たちとの対談が収録されている。それによって、前の引用部分をさらに補ってみよう。

ゾテリアとは、ギリシャ語で、救助ないし保護を意味するという。そこで行なわれる医療は、基本的には、次のようなことである。チオンピの発言を引用する。

「なにより患者自身は、明白にもしくは密かに主観的に大きな不安を感じています。

患者たちが不安におびえているということ、このことこそわれわれの考えでは、きわめて核心的なことなのです。(中略)具体的には、患者のみに他のありとあらゆることが生じないうちに、また薬物を必要としないうちに、まずできるだけ緊張や不安を和らげるような環境を彼らに対してつくるよう試みることです。」(45~6ページ)

急性期の間、患者はけっしてひとりにされない。必ずスタッフが付き添う。スタッフは患者とともにいて、時に一緒に、作業や散歩などをする。家族や友人に訪問してもらい、協力してもらう。薬は、基本的には使わないが、患者が極度の緊張状態にあるときや、病状が一挙に進行してしまう恐れのある場合には、やむをえず使用されることがある。その場合でも、投薬量は低く押さえ、また、投薬の際は、必ず本人または家族の同意を得る。治ってから、最低2年間は、アフターケアを行なう。

予後がよい、とは、どういうことなのか、具体的に説明されていないが、少なくとも、薬なしで生活していける、ということだろう。もう少し、説明してくれると、ありがたい。

さて、私たちが、この日本で受けている精神医療とくらべてみよう。

私は、病気になると、いつも、保護室に入れられる。そこで、ひとりで、3~4週間置かれる。それは大変苦しい。ゾテリアのようにスタッフがそばについてくれたら、そんなに心強いだろうか。

保護室でやることは、一種のざんげである。繰り返し、繰り返し自分を問いつめる。考えがまとまるまで苦闘する。宗教のざんげの場合、牧師がざんげをきいてくれるのだが、保護室でのざんげは、誰も聞いてくれる人がいない。ひどくむなしい作業である。

しかも、ざんげを徹底的にやることになる。病気を治すために、内省するとしても、ほどほどの所というのがあるはずである。その歯止めがないから、言うならば、「治し過ぎ」になってしまう。私の場合、意欲が減退するし、書く文字も震えたようになる。

病院から退院しても、意欲は減退して、すぐには元に戻らない。仕事に支障が出るし本を読んでも、なかなか頭に入らない。1年間とか2年間とか、苦しむことになる。これは「治し過ぎ」で、ほどほどの所でやめてもらいたいのである。

保護室に入らなくても、鍵のかかった病棟で、何を言ってもきいてもらえない。あきらめるにも医師の許可が必要で、要するに人間扱いされないのである。

日本でも、ゾテリアのような施設が設けられることが必要ではないだろうか。ゾテリアの経験を、もっと詳しく紹介してもらいたい。そこに希望の光があるとか感じる。

薬の連用について

ゾテリアでは、基本的に薬(向精神薬)は使わない。例外的に使っても、それは一時的な使用にとどまるものと思われる。

ところが、日本の現状はどうだろうか。向精神薬を飲ませることが、治療の主たる手段とみなされている。病気が治った退院しても、再発防止のため、といって、薬の服用が長期に渡って行なわれるのが普通である。患者は、いつまでも、精神科医と縁が切れないことになる。

向精神薬の連用については、すでに30年も以前に、精神医療の専門家から警告が出ている。仙波恒雄・矢野徹著『精神病院、その医療の現状と限界』(星和書店 1977年刊)である。その中に、次のような一節が含まれている。

(精神病の薬、向精神薬の副作用については)

「対応できるものがほとんどである。しかし、日常臨床の中ではやはり長期にわたり使用せざるえないことが圧倒的に多い。数年、10数年に及ぶこともまれではない。その場合、総投与薬物量が、1回には少量ずつでも長期になると大量の薬物を服用したことになる。また、その結果については、我々は向精神薬を、使用し始めてから20年を経たばかりであり、慢性長期投与の症例の副作用に関する正確な知識を得る必要がある。しかしデーターは少なく、20年以上の服薬者についての研究報告は全くないのである。やがて30年~50年服用することになれば、その結果は精神外科におけるロボトミー批評の如く、薬物療法批評を受ける時期が来るのであろうと考える」

向精神薬の連用が、ロボトミーと比較されていることは、大変に重要である、と思う。

向精神薬は、1952年にフランスで発見された。その直後に日本へも入ってきたろうから、長く服用している人のうちには、もう50年も使い続けている人がいるのではないだろうか。

私は発病したのは、1965年の初めで、22歳になったばかりのことである。それから、薬の種類は時によって変わったが、現在まで42年間を越える期間、向精神薬を欠かさずのみ続けている。

私は、これまで3階病気を繰り返したが、3回目の退院後、11年になる。診断書をもらうと、病気はもう治っている、という診断である。それでも薬と縁が切れない。薬を飲まないと眠れないからである。

薬をだんだんにやめたいと思って、薬の漁を自分で半分にしたことがある。そうすると、2~3時間寝て、目が覚めてしまう。その後は眠れない。一ヶ月くらい続けてみたが、眠れないという状況が続いて、昼間もつらかった。もとに戻したら、眠れるようになった。

私に、薬の副作用も少しあって、赤血球が減って軽い貧血状態になっている。

向精神薬の副作用は、これから何が飛び出してくるのかわからない。薬を飲み続けた人の中で、死んだ人もあるだろう。それを、統計学的に調査して、薬と死因との間の関係を探すべきである。健常者と比較して、死因に差があるのかないのか、調査すれば意外な結果がでるかもしれない。

また、外国では、向精神薬はどう使われているのか、情報がまったくない。薬の長期連用が、外国でも行なわれているのかどうか。私には、知り手段がない。知りうる立場にある人は、いるはずだから、実情を知らせて欲しいと思う。それとも、そうした問題意識さえ抱かないのだろうか。

薬をやたらに使わない、薬の長期連用はやめる、という方向へ、転換して欲しい。私のように、今飲んでいる人たちは、どうしたらやめられるか、その方法を探ってもらいたい。精神医療も、大きな転換期にきているようだ。


一人でできる運動、公共交通の割引について

大阪 O

精神障害者保健福祉手帳への写真貼付による、公共施設の入場料や公共交通機関の運賃割引等の各種サービスを広げよう

「障害者自立支援法」においての「三障害統合」といわれるように、身体・知的の障害者手帳のようにメリットあるものにすべきです。

私たち精神障害者も声を上げませんか?

公共施設には直接行って話してみましょう。

(略)

無料で要望の電話ができます。暇でお金がないときこんな一人でできる運動はいかがでしょうか?


07年12月9日和歌山カレー事件を考える人々のつどい報告

ご挨拶

皆様。こんにちは。始めまして

私は元無実の死刑囚赤堀政夫です。

皆様にお配りした「ご挨拶」は、時間の都合で省かせていただきます。

その内容は、私を事件の「殺人者」として仕立てた事実関係と、陰険な警察・検察の実態です。

その実態はいまも変わらず、「人質司法」と呼ばれているのは皆様もよくご存知のことです。集会後に読んでいただければ幸いです。

裁判と確定死刑囚

私とは何の関係もないところで裁判は、第一審・第二審と進み・1960年12月15日最高裁で死刑確定囚にされました。

いまも、悔しくて・悔しくて 仕方ありません。

この日以降、死刑確定者の苦難の日々を送ることになりました。

平成元年1月31日( 1989年1月31日)無罪が確定、しっ、ようやく私は解放されました。

実に34年8ケ月間人生を奪われたのです。

毒 カレー事件で不当拘禁されている林 眞須美さん

眞須美さんには「自白調書」がないと聞いています。

また、裁判所が「事実認定」した「証拠」にも、大きな疑問があると聞いています。

実に疑わしい「事件」だと思っています。

法原則が「疑わしきは被告人の利益に・・・」であれば、即時釈放とされるべきでしょう。

現在、大阪拘置所在監中の眞須美さんは、10年目の不当な拘禁生活を強いられています。

一日も早い釈放を願わずにはおれません。

冤罪死刑囚には様々な悲劇がはらんでいます。

第一に・・・本人は『死刑』に直面しているのですが、それは、生命の危機的状況を強いられていることです。 それは当事者にしか解らない「苦しさ」です。

心的状況は「憤り」・「悔しさ」・「うらみ」・「名誉を犯された悔しさ」が、いやおうなしに襲いります。

日々の感情のゆれに、人々には堪えられるものではないと思います。

第二に・・・それにつながる家族も、また、その渦に巻き込まれ悲惨な生活に陥れられます。

第三に・・・真犯人を取り逃がします。

第四に・・・殺された被害者の「霊」は決して慰められるものではありません。

こうした悲惨さは誰もがうけてはなりません。

また、させてはならないのです。

全国民への訴えかけを

私は無力ですが、眞須美さんのため、経験を生かして何らかの力になりたいと思っています。

皆様も、眞須美さん支援の輪を広げて、全国民へ訴えかけてくださるようお願い申し上げます。

有難うございました。

2007年12月9日 赤堀 政夫


かたつむりの会の坂口さんのご報告です

12/9和歌山カレー事件を考える人々のつどい報告

七十名を越す参加者!真犯人は名乗り出て欲しい!

12月9日「和歌山カレー事件を考える人々のつどいー真実は明かされたのか?」

が行われた。

昨年から今年、「林眞須美さんを支援する会」が大阪で支援集会を行ってきたが、和歌山で行われたのははじめて。主催はこれまで、大阪での集まりに参加してきたものの有志が集り大阪で会合を持ってきた。それに「支援する会」「あおぞらの会」が一緒になって「和歌山カレー事件を考える人々の会」とした。今年8月からはじめた和歌山でのびらまきで、和歌山現地ではいまなお事件については敏感で、今も風化することなくあることを感じていた。集会の名称、主催者として「支援」とはっきり出さず「考える人々のつどい」とした。実質集会の中身は「支援」そのものではあったのだけれど。ぼくたちには和歌山には呼びかけることができる運動のつながりのある人たちはいなかった。あおぞら通信やチラシを送付したりネットで呼びかけたり、できることはしてきたけれど大阪近辺の僕たちの知人、友人だけの小さな集まりになるのではと覚悟していた。ところがこの日、予想ははずれ、70名を越す人が集ってくれた。和歌山からも7名の参加があった。東京はもちろん埼玉や岡山からも来られていた。用意したテーブル席からあふれイスのみとなった人たちがたくさんいた。

集会は休憩をはさんで二部構成で行われた。一部では先ず三浦和義さんから、眞須美さんに激励の手紙を書き送ったことへ接見禁止が取れた直後の眞須美さんから発信第一号としての手紙が届いたことから手紙のやりとりが始まったこと。状況証拠だけで有罪としてよいのか。眞須美さんの冤罪であることを確信している、眞須美さんの命を支えたいと話された。最近眞須美さんに面会にはいったツクイさんから、いつも子供さんのことを心配している眞須美さんの近況が話された。そして面会に足を運んで欲しいと訴えた。免田栄さんから死刑確定囚から再審を闘われ無実を勝ち取ったご自身の体験を話された。そして「死刑のことを考えてください」と訴えられた。赤堀政夫さんもあいさつされた。事件のこと捜査のこと裁判のこと。そして、「林眞須美さんは自白調書がないと聞いています。

また、裁判所が事実認定した証拠にも、大きな疑問があると聞いています。実に疑わしい事件だと思っています」そして「私は無力ですが、眞須美さんのため、経験を生かして何らかの力になりたいと思っています」としめくくられた。

浅野健一さんが「人権と報道ー今も続く犯罪加害の犯罪」というテーマで、人権のために報道があるという立場から今も続いている「犯罪報道の犯罪」について話された。「和歌山カレー事件」とのかかわり始めたときのことが話された。98年の7月25日事件は起きた。8月25日に朝日新聞が「園部住民 保険金詐欺」の記事が掲載されてから林さん夫妻への「別件有罪視、悪人視報道」は始まり、報道陣が林家自宅の周囲を取り囲んだ。(面白く聞いた話として「最近、大事なものを書くとき朝日を使う。」大阪府知事候補として橋下弁護士の記事を載せたのも朝日だった。「朝日」という「信頼」を利用している。「朝日」もそんなものなのなんやと。一方で大阪産経は逮捕時以外は林家から百mの距離をとっていたとか。)記者らは脚立を塀に立てかけ林家の内部を見る。郵便物を勝手に見る。ゴミをあさる。塀に上る。屋根に登る者もいたとか。その年の9月になって林家に行き「連絡を」と書いた手紙をポストに入れた。その日の夕方に電話があり話をした。河野義之さん、弁護士の木村哲也さんに連絡した。ご自身の教え子が記者として林家を取り囲む報道陣の中にいた話とか、当時のスライドを使って、どんな状態だったのか理解できた。報道されたビデオを裁判所の提出命令にマスコミは自分からすすんで従ったこと、その過去に犯した自らの罪をきちんと検証するべきだとこの日取材に来ていた報道陣に向かって話された。

二部は林健治さんのあいさつから始まった。逮捕後の取り調べのこと、一生子供にはあえないぞと脅されたこと、眞須美さんから自白が取れないと判断した検事は健治さんに「眞須美にヒ素を飲まされたといえ」と勝手なストーリーを作り供述を強制しようとした事など話された。そして、健治さんは、自分は眞須美さんをかばっているといわれるが、かばっているのではない。擁護しているのではない、やっていないから言っているのだと、話された。

この日全員5人の弁護団が参加していた。主任弁護士の安田さんがスライドを使って分かり易く事件のこと、裁判のことを話された。今、上告趣意書を提出している。上告して3~4年で判決が出ている。その前に弁論があるがそれまでに無実を訴える補充書を提出していく。印象にのこったことをあげてみると、

●一審の判決文は938ページもの膨大なものだった。それだけの言葉を使わなければ「犯人」と言えなかったこと、直接的な証拠が挙げられていないということを示している、と。

●女子高生の目撃証言がある。カレー鍋は二つあった、東鍋と西鍋。(眞須美さんが)鍋を開けているのをみたという女子高生が見た鍋は、ヒ素が入っていない西鍋だった。亜ヒ酸は東鍋に入っていた。それを眞須美さん有罪の目的証言としていることが問題。

● 女子高生はタオルを首に巻いた白のTシャツを着ていた眞須美さんを見たというが、事件当日、眞須美さんは黒のTシャツを着ていた。タオルは持っていかなかった。そういうことから、女子高生は別な人物を見ていたのではないか。女子高生の目撃証言は眞須美さんの無実を証明する重要な証言ではないか。

●眞須美さんは一人でカレー鍋の見張りをしていたのではない。次女とずうっと一緒だった。次女はそのことを証言したが、「親子だから信用できない」とされた。

● カレー鍋、祭り会場から見つかった紙コップ、実弟から提出されたヒ素、自宅の流しの下のポリ容器から見つかった四つのヒ素が同一であることをスプリング8 を使って証明したとされる。でもそれは不純物が同じだということを言っているにすぎない。自宅台所から見つかったとされるポリ容器には疑問がある。家族の誰も見ていない。普段子供達が弁当をつくっている。そんなところに他の食材と見間違うような亜ヒ酸を置くだろうか。それに自宅への捜査が始まって4日目に見つかったとされているのも疑問だ。90人の捜査陣が何故4日目にならなければ見つけられなかったのか。

おかしいではないか。狭山事件での万年筆のことがある。同じ事が行われているのではないか。

● さいごにこれは本当に「毒カレー事件」なのだろうか、と安田さん。ヒ素は四つあった鍋のうち一つにしか入れられていない。何故四つの鍋に入れなかったのだろう。なぜ一つだけなのか。被害者は不特定の住民。一部の人でいい。全員でなくていい。被害者は誰でもよかったのではないか。カレー鍋に入れられた亜ヒ酸は135gと推定されている。人を一人死に至らしめるのに必要とされるのは耳かき一杯だという。犯人は、亜ヒ酸の恐さを知らない人物ということになる。

そうだとすれば、これは「食中毒偽装事件」ではないか。自分で飲んでその恐さを知っている健治さん、眞須美さんではない誰かが起こした「傷害致死事件」であると。「真犯人は名乗り出て欲しい」「2008年7月25日には時効が成立する」と安田さんは訴えた。

(坂)


以下が発行されました。

山本眞理も一文を書いています。

「障害者人権条約は一切の強制を禁止している」

季刊 福祉労働117号

障害者権利条約をどう読み、どう活かすか

装幀 杉本 和秀

福祉労働編集委員会 編

現代書館

12月25日

判型A5判 並製 164ページ

定価 1200円+税

なお巻頭の対談も興味深く、より広い人権の文脈から、この障害者権利条約を位置づけた話となっています。

山崎さんの、理念的には、一本化した国内人権機関を、という発言に賛成。ある方のおっしゃったように、人権救済の窓口が部門別だったら、障害者で女性で、外国人はどこに行ったらいいのかという話になります。

最後の人権条約として、昨年12月に国連総会で採択された障害者権利条約。その重要な条項を日本の障害者の現状と国内法制度と比較しつつ読み解き、何をどう変えて行くべきなのか、障害当事者、関係者から提言する。

[著者紹介・編集担当者より]

障害者権利条約は特別な権利を障害者に与えるものではなく、当たり前の権利

(働くこと、学ぶこと、公共交通機関を使うこと等)を行使するための合理的配慮がないことを差別とし、その解消を促しているだけである。障害者福祉を人権ベースに変える提言。(猫)


心神喪失者等医療観察法 適用実態について

東京 山本眞理

施行後すでに2年半たった医療観察法ですが、すでに破綻の状況が見えてきています。

現在医療観察法収容施設は、国立関係12箇所が設置済み、後二箇所が建築中、都道府県関係では大阪府および岡山県で設置済み、長崎県と東京都が建築準備中という状況です。あと2ヶ月で収容施設が不足することは目に見えており、厚生労働省は何が何でも各県に受け入れを迫るため、本来の独立30床の企画ではなく、既存の病棟の改築で1床でもいいから受け入れろと迫っています。すでに大阪精神医療センターは既存の男子閉鎖病棟の一部を区切りこの施設を受け入れ、即日満杯となっています。

そもそも「再犯のおそれ」を予測することなどできないことは明らかであり、かつ精神障害者のみを予防拘禁するという精神障害者差別に他ならないこの法律ですが、いったん対象となると、さまざまな個人情報が収集され、それが裁判所で判断されて、この法の対象から外れるか否か、解放されるか否かが決められます。医師と患者の関係の中で退院や医療が決められるのではない以上、この法律の下では信頼関係に基づくべき医療は成り立ちません。地域処遇においても法務省の保護観察所の下での監視と強制通院が押し付けられるのです。支援など成り立つはずがありません。

対象者は絶望に絶望をかさねそして誰一人信頼できない状況に追い込まれます。すでにわかっているだけで地域処遇中の方1名、肥前で拘禁中の方1名の自殺がありました。また国立武蔵においても2名の方が骨折という医療事故(?)にあっています。今後ますますこうした悲劇は積み重ねられることは明らかです。2010年の見直しを待たず、即座にこの法は廃止されなければなりません。

医療観察法に関してはわかりやすいイラストいりパンフレットを販売中。運用実態についてその他の情報を集めたホームページもできています。「閉じ込めないでもうこれ以上」1冊送料とも200円。

インターネットをお使いでない方は窓口までお申し込みいただければ、資料をコピー代送料実費でおおくりいたします。また「心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」では年4回のニュースも発行しています。こちらにもぜひご参加を年会費は一口500円です。

医療観察法.NET http://www.kansatuhou.net/

「心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」

  参加お申し込みは以下まで

〒173-0004 板橋区板橋2-44-10-203北部労法センター気付


強制医療体制下で自らの身を守るために

東京 山本眞理

障害者権利条約は強制の廃絶を求めているが、現実に各国で強制収容及び強制医療制度を廃絶していくことはまだまだ道は遠く、今現在私たちは精神保健福祉法及び心神喪失者等医療観察法の下で、生き延びざるを得ない。

こうした中で家族がいないあるいは家族も強制に同意するという環境の中で、仲間が強制入院させられ、どこに入院したのかあるいは入院しても連絡が取れなくなってしまう場合がある。精神科病院において通信面会は基本的人権であり犯してはならない人権ではある。87年の法改正直後より今反動の時代で、堂々と家族以外面会できませんなどという主張をする精神科病院もないではないが、これは明らかに違法である。強制入院であろうと通信面会は自由が原則ではあるが、他科における面会謝絶と同様の「医療上の理由」により友人面会が拒否される場合がある。

そうした場合にはまず手紙を書くこと、ミニレター(簡易書簡60円、郵便局で売っている。葉書と違い、封をすることができそのまま発送できる)とボールペンを同封して手紙を書くことが有効だ。

さらに弁護士の選任やあるいは面会を求めていくために、以下の委任状を取っておくことが有効だ。立会人は必ずしも必要ではないが、裁判になったときには立会人をつけておけば、立会人が証言でき、意味がある。

信頼できる仲間にこの委任状を託しておく運動をこれから広げていきたい。また友人として診察に同行を頼まれた際も医師によっては拒否する場合があるので、同席を依頼する委任状も有効、さらに福祉要求の際も同席を拒否された場合にも有効である。同じものを2通(立会人のいる場合は3通)作成し、それぞれが保管しておく必要がある。

以下は雛形。さらに付け加えたいこともあれば、追加して委任ができる。


委任状

私山本眞理は不当にも、精神科病院に強制入院あるいは他のかたちで身柄を拘束された場合には、私の代理人として以下のものを指名する。弁護士選任のため、あるいは憲法に定められた基本的人権を私が主張する際の援助のために、以下代理人及び代理人の指名したものに、私に代わり外部で行動することを委任する。

代理人

氏名 ○○○○

住所

立会人 氏名 ○○○ 印鑑

住所

山本眞理 印鑑

住所

年月日

委任状

私山本眞理は○○クリニックの診察において、私の主張を可能とするために、医師との意思疎通を可能とするために以下のものを支援者として指名する。診察においては以下のものの同席を求める。

氏名 ○○

住所 ○○

山本眞理 印鑑

住所

年月日


委任状

私山本眞理は障害者自立支援法および生活保護法等の福祉権の追求について、私の主張を可能とするために、また行政との意思疎通を可能とするために以下のものを支援者として指名する。行政窓口との交渉において以下のものの同席を求める。

氏名 ○○

住所 ○○

山本眞理 印鑑

住所

年月日




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