「人としての尊厳を取り戻す闘い」 支援のお願い

裁判 始まる

この8月初旬、鳥取地方裁判所に、精神しょうがい者の女性(橋本

さん)が訴えを起こした。

橋本さんは、精神医療の現場で行われた人権侵害事件の被害者だ。以

下、その「訴状」の一部を紹介する。

「原告が本件で訴える違法行為の概要は、端的には、次のとおりであ

る。

1 被告特定・特別医療法人明和会医療福祉センターに対しては、

① 後述するように平成19年1月30日から同月31日にかけて起きた

原告の薬物多量服用に伴う救急車の利用に際し、その搬送を受け入れ

た渡辺病院が治療を放棄したために、原告を同病院内で縊首行為をす

るに至るまで精神的に追い詰めたことに対する責任を問う。

② 被告独立行政法人国立病院機構鳥取医療センターへ救急車を呼

んで原告を転送するに際して、不適切な連絡(紹介)により、医療セ

ンターでの違法な身体拘束・隔離等の人権侵害惹起の責任を問う。

2 被告独立行政法人国立病院機構・同松島医師に対しては、同月

31日に紹介を受け同機構の鳥取医療センターにおいて原告を受け入れ

た際、医療保護入院に必要な保護者の同意について、充分な説明を行

わず、保護者からその場で同意書への署名も口頭での同意も取ってい

ないにも関わらず、原告を違法に隔離・身体拘束し、男性看護師によ

って下着(パンティ)を剥ぎ取るという人権侵害を行ったことに対す

る責任を問うものである。」

橋本さんの背景と事件に至る経緯

 橋本さんは、鳥取県鳥取市在住、双極性気分障がいⅡ型の傷病名を
持つ女性である。

 橋本さんが、本件の被告である特定・特別医療法人明和会医療福祉
センターの開設する渡辺病院に通院を開始したのは、平成8年4月の
ことであった。翌平成9年12月より、明和会の代表者である渡辺医
師の担当するところとなり、事件の起こった平成19年1月31日に
至る約9年間、ほぼ一貫して同医師の治療を受けてきた。

 この間、渡辺医師は、彼女に様々な薬物療法を試みたが、それらは
ことごとく効果を上げず、彼女の病状は年々悪化の一途をたどった。
闘病が長期化すればするほど、彼女の焦りは増して行き、希望が見え
ない状況の中で、ひとり苦しみもがいていた。特に、事件の3年前あ
たりから、社会生活はおろか、日常生活さえも壊滅的な状況となり、
その状況下での彼女の心理的な切迫感は筆舌に尽くしがたいものであ
り、生存に関わると言っても過言でなかった。

人権侵害事件

 そのような状況下で、事件は起きた。

 橋本さんが薬物多量服用をしたのは、強い鬱症状のため約半年間自
宅でひとり寝たきり状態にあったその時である。

一方、渡辺医師は、約半年間にもわたり、彼女が外来受診をしていな
いことなどから、彼女がおかれていた深刻な状況を長年の治療関係に
おいて知り得たにも関わらず、彼女に対して何らの救いの手を差し伸
べようともせず、存在すら忘れたかのように無視し、放置していた。

彼女は、そんな渡辺医師に対して不信感を募らせながら、出口の見え
ない深い絶望の淵にあり、言語に絶する苦しみを味わっていた。その
苦しみから、彼女は、薬を飲んだ。

 平成19年1月31日、朝。彼女が救急車で搬送されたのは、渡辺
病院だった。鳥取市内に住む彼女の父親に連絡が取られ、父親は病院
に駆けつけた。そこで渡辺医師が父親に告げたのは、「今日は診療し
ません。引き取ってください」ただそれだけだった。彼女は薬物の影
響下にあり、まるで酒に泥酔したような状態。結局、夕方まで処置室
のベッドに放置されていた。

 夕方、再び彼女のもとを訪れた渡辺医師は、付き添っていた父親に
「引き取って下さい」と重ねて言い、父親が「しかしこんな状態で
は…」と言っても「お帰り下さい」の一点張りで、さっさと姿を消し
てしまったため、父親は困惑し、途方に暮れ、為す術もなくその場立
ちつくすばかりだった。
 やがて夜になり、少しずつ薬物の影響が薄れてきた橋本さんは、院
内の照明がほとんど消えた頃になっても、その場に居座ることで抗議
の気持ちを表した。長年の治療にも関わらず、悪化する一方の病状に
対する苦しみの挙げ句に引き起こされた薬物多量服用であるのに、そ
れに対して渡辺医師は、手を打つどころか治療拒否という、治療困難
な患者を手に負えない厄介者として放り出す、医療者としてあまりに
無責任な態度に出た。10年にもわたる辛い闘病の行き着いた先がこ
れだった。彼女は深い憤りと暗澹たる絶望を覚えていた。

 そのやり場のない気持ちの発露として、発作的に彼女がとった行動
は、ふと目にした処置室の片隅に置かれた数枚のタオルを、カーテン
レールに結びつけ、首をくくるという行為だった。これは、直後に看
護師が気付き止めたため、大事に至らなかったが、このような患者の
行動に対して、渡辺医師には予見可能性があったことについて、本件
訴状においては、具体的な証拠を挙げ指摘がなされていることを、ひ
と言書き添えておく。

 その後、彼女は、勝手に救急車を呼ばれ、国立病院機構鳥取医療セ
ンターに転送される。

 医療センターに到着した橋本さんと父親は、診察室に通された。し
かし、当直の松島医師は彼女に目もくれず、内線電話で慌ただしく指
示を出しており、聞くとはなく聞こえてきたその内容から、彼女を収
容するための隔離室の準備が、既にとられていることが分かった。こ
の時、松島医師は、診察と言える行為は一切行わず、事務的に書類を
記入してその複写を彼女に渡した。これらの様子と松島医師の態度か
ら、彼女は、自分が「医療保護入院」させられると瞬時に察知し、恐
怖した。それはまさに、10年余に渡る闘病の結果、彼女が、精神医
療の現場で患者として、様々の不当な処遇を見聞し、経験してきたこ
とにより培われた、知識と直感力によるものだった。とっさに彼女は、
付き添っていた父親に「絶対にサインしないで!」と叫ぶ。

 診察も何もないまま、いきなり医療保護入院させようとする医師の
やり方に、強い憤りを覚えた彼女は、手渡された書類を、松島医師の
目の前でわざと破り捨てた。すると松島医師は、「そんなことをする
と懲役3ヶ月だ!」と強い口調で怒り出し、更に、「わしは精神保健
指定医だ!」と、恫喝するような調子で言い放った。
 
これらの言葉を聞いた時、橋本さんは、それまでの憤りが鎮まって
しまうほどに呆れかえってしまった。松島医師の、人権意識の低さ、
患者を前にして子供だましの脅迫や権威のふりかざしを行う人間的な
幼稚さに。しかし、それは同時に、この医師の前ではモラルも法も理
論も封殺され、患者は絶対的な暴力で抑圧され、抵抗することは全く
の無駄であると、悟ることであった。
 
実際、父親の同意もないまま、松島医師の指示の下、あっという間
に3、4名の職員によって彼女は羽交い締めにされ、無理矢理引きずる
ように病棟に拉致された。さすがに複数の人間に取り囲まれて問答無
用に引きずられて行くことには、強い恐怖を感じ、彼女は悲鳴をあげ
て父親に助けを求めたが、松島医師も職員も、黙って淡々とそれを行
った。
 
橋本さんは、強制的に隔離室に入れられ、注射を打たれ、錠剤を飲
まされ、ベッドに寝かされ、腹部と両手足を拘束具で拘束される。本
人の了解どころか、家族(保護者)の同意もないまま、彼女は強制的
に拘束され監禁された。
 
しばらくして、男女2名の看護師がやって来て、男性看護師によっ
て下半身裸にされ、紙おむつを着けさせられる。女性看護師はただ突
っ立って見ているだけだった。彼女が「何故男性の看護師なのか」と
冷静に質問すると、女性看護師が応えて「看護師には男性も女性もい
ますよ!」と吐き捨てるように言った。
 
橋本さんが体験させられた今回の精神医療現場での驚くべき非人道
的扱いは、断じて許されるべきではない。全く同意を求められること
もなく強制的に自由を奪われ非人間的扱いを受けたという事実は、人
権無視、人権侵害というありきたりの表現を通り越して、「ひと」の
存在に対する冒涜である。

原告 橋本さんの決意

 「その時、私は『ひと』ではなく『もの』に過ぎなかった。医療者
たちは当たり前のように私をそう扱った。これは精神医療の現場で
「患者保護」の美名の元に公然と行われている、日常的な人権侵害の
ひとつである。『ひと』はその尊厳を失っては存在の意味をも失う。
だから、私は、泣き寝入りはしない。私は、闘う決意をした。奪われ
た人としての『尊厳』を取り戻すために。自らが『ひと』として生き
るために。同時に、そうすることが、現状で、あまりにないがしろに

されている精神病者の人権を守ることにつながると信じるからだ。」

人としての尊厳を取り戻す闘い

 橋本さんは、たった独りで「人としての尊厳を取り戻す闘い」を始
めた。まず、地元弁護士会の法律相談で相談するが、「あなたには損
害はない。事件にもならないし、裁判になどならない」と門前払いの
扱いだった。

地元の弁護士に相手にされないのなら、日本中探してでも、精神しょ
うがい者の人権問題を理解できる弁護士を見つけようと決心し、かね
てより「全国『精神病』者集団」を通じて知り得た、「心神喪失者等
医療監察法」に真っ向から反対の論陣を張る、池原毅和弁護士に望み
を託した。彼女は、渡辺病院へ事件当日のカルテ開示の請求をし、本
件証拠とした幾つかの文書を入手した。それらを丁寧に調べ、父親の
証言を得ながら、事件の経緯を詳細な文書に綴った。それらを携えて、
単身、東京の池原毅和弁護士を訪ね、相談し、直接の紹介として、
しょうがい者の法と人権をよく知り、精神科医療に関わる裁判経験も
ある、鳥取市の大田原俊輔弁護士と出会う。
 
困難にくじけない、強い意志がそこには働いている。頭が下がる思
いがする。自らの『ひと』としての尊厳を取り戻すために、巨大な権
力と組織に対して一歩もひるまず、圧倒的な力関係の差があるにも関
わらず、たった独りで闘いをつくってきた、無謀とも言えるほどの熱
意。人権問題の原点が、そこにはある。
 
精神医療の現場で、彼女のケースのような人権侵害事象が、何故公
然と行われているのか。それは「国会で十分な議論もされないまま、
採決せられた『心神喪失等医療観察法』(予防拘禁法)に対する、多
くのひとの無関心と無神経さが引き起こしている」と言えよう。だか

ら、この裁判は、橋本さん個人の問題ではなく、私達ひとりびとりの

問題と考える。

「支援する会」へのご賛同のお願い

精神医療現場で起こった今回の人権侵害事象を許さない闘いを、当

事者(橋本さん)だけの闘いにせず、全体の問題として取り組むため

にも、「支援する会」を立ち上げていきたいと思います。

橋本さんの「人としての尊厳を取り戻す闘い」に共感し、賛同頂き、

今後の裁判の経過を見守って頂くことを、心よりお願いいたします。

「人としての尊厳を取り戻す闘い」を支援する会
【連絡先】 森島 吉美 〒733-0874 広島市西区古江西町20-18-507
E-mail:morisima(@)orange.ocn.ne.jp (@)を@に代えてメールしてください
「支援する会」 代表 森島 吉美


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