全国「精神病」者集団ニュース 2005年6月号

2005年6月発行の「ニュース」抜粋です。 一般定期購読は有料(年6回程発行1年分5000円)です。(会員の購読は送料も含めて無料となっております。)

全国「精神病」者集団
ニュース


= ごあいさつ =

うっとうしい梅雨の季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。厳しい状況の中で闘いに倒れ、体調を崩している仲間も多いようです。明日がどうなるのかその不安も確実に仲間の病状に影響しています。どうか皆様おからだをお大事に。

障害者自立支援法案は民主党が反対を表明したものの、与党と修正協議に入るという形で先行きは見えませんが、都議選後の7月半ばには採決もありうるという状況です。

32条廃止後の自立支援医療の対象者の基準をめぐる検討会も発足し、市町村では法案が審議中にもかかわらず、32条廃止後の手続き準備作業が始められています。また障害区別区分の審査基準のために全国の市町村61箇所で、身体・知的・精神障害者10名ずつを選び審査の施行事業も始められています。

私たちのことを私たち抜きで決められていくこうした動きに対して、各地でさまざまな闘いが継続しています。各地の動きについては窓口までお問い合わせいただくか、インターネットをお使いの方は「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」のホームページ以下をご覧ください。
http://www.j-il.jp/jil.files/daikoudou/daikoudou_top.htm

今回ページ数と時間制限のため掲載できなかったご投稿もあります。次号までお待ちください。総会へのご意見、その他ご投稿をお待ちしております。

(略)

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北から 南から 東から 西から


(略)


名古屋市の老人介護保険の実態

名古屋市 南区の老人介護申請者 大野萌子

都大田区の精神障害者ホームヘルプサービスの実態を長野英子さんの訴えで知った。

ホームヘルプサービスといわれるのは、相手の要求や、要望を聞き入れていれ、それらを原則として検討するものとは到底思えない「サービス内容」である。

これではサービスではなく、虐めに等しい。

■ 名古屋市 南区 老人福祉課

だが、名古屋市南区の老人介護保険のサービスも同様であることを多くの仲間に伝えたい。

現在私は69歳である。53歳に左足関節複雑骨折で障害となった。骨折は左足で、手術の際入れた「二本のボルト」が、身体を痛めつけ、日々苦痛で、老人介護サービスの申請請求の出来る65歳を待っていたといってよい。

申請を受けた区役所は女性調査官を自宅訪問させた。私はそれを当然のこととして受け入れた。女性調査官には、いろいろ事実に基づいて説明し、介護要求を出した。ところが信じられない不当な言葉が私に浴びせられた。

それは「嘘でしょう」である。

一瞬、「これはなんだ」と思い、半ば現実の出来事とは思えなかった。話した事実は信じて貰えないのである。

いまは、そのとき殴っても拒否すべきであったと思っている。これだけの屈辱は、私は65歳まで受けたことが無い。

■ 「嘘でしょう」呼ばわりは赤堀さんの体験とオーバーラップした。

また、「うそつき呼ばわり」は、赤堀さんがうけた「精神鑑定」で加えられた「デッチ上げ人物像」である。「やってない」といい続けた赤堀さんに、「検察官調書」と、「警察官」が捏造した「強制自白調書」に依拠すれば、精神鑑定は「赤堀さん=うそつき」の結論に導かれる。改めて、赤堀さんの受けた屈辱がどれだけ大きかったか、また、言葉の無効化がどれほどのトラウマになっているか、底知れない痛みを私も共有した。

■ 被保護者の立場と調査官の職業意識

それにしても、保護を受けたい身体は、殴る事も出来ず、「帰れ」ともいえず私は比較的沈着冷静であった。

女性調査官に私は静かにこう質問を返していた。

「貴女は玄関においてある『セニアカー』は私が道楽でのっていると思っていますか」。また、「玄関においてあるショッピングカートは、買い物で荷物が身体にこたえるためにおいてありますが・・・」と説明を重ねていた。

それでも彼女は、「ごめんなさい」「そうですね」ではなく、私の言葉は空中に舞っただけである。言葉は真実を伝える道具ではなかった。

私は思い切ってスラックスを巻き上げて、悪いほうの左足を見せていた。それでも解って欲しかったのは、サービスへの期待と、要求感が深刻だったからに違いない。そして、朝方から午後にかけてほっそりした小枝のような左足を見せていた。言葉よりもそれは現実的であるが、彼女から返ってきたのは、次のよう言葉である。

「アッ ホント」。

私はそれを聞き、安堵感よりも彼女は職業意識がなく、自身がおかれている立場性も、老人の抱える深刻さも無頓着であると感じた。それでも以降、申請の介護度を待ち続けていた。介護度は「要支援」であった。それでも、私の受けたトラウマは、私に「ヅキヅキとした痛み」を与え、どうにも役所を信じられなくなった。

■ 介護の実態を知って

そして、この事実を妹に愚痴った。それに応えた妹は「姉さん、そんなこと誰でもだがね」と言い放っていた。老人の誰でもこんなにひどい扱いを受けているとは信じがたかった。その不正行為に対して、私の中の正義感が燃えた。老人はこんなひどい仕打ちを受けているのかと・・・。それでも、特養老人施設の一人の仲間に聞いてみた。「私も嫌な事をいわれたわ」と打ち明けてくれた。証言である。

■ 南区役所への抗議行動

程なく、私は心的外傷を抱えて、南区役所に殴り込みを掛けていた。私は、そうなれば大野萌子である。我慢の限界点後は、自分でも信じがたいスピードで自己決定した自身に忠実になる。「やるぞ」と私は自らに命じていた。自身を駆り立てて区役所に飛び込んだ。何故こうした「嫌がらせが横行するのか」絶対に勝つまで戦うことを自らに誓っていた。自身の心の救済である。このまま放置など出来るはずはなかった。区役所に飛び込んで、全館を震撼とさせる大声で叫んでいた。

「ここは福祉課ではない。老人虐め課だ。こたえて見なさい。」

すでに私の狂気には歯止めが聞かなくなっていた。彼女が私を虐めの対象にした全暴露に入った。調査員の女性は、「知らぬ、存ぜぬ」で、私の追及に対し自己保身に入っていた。それはいままで、私本人さえも信じられない攻撃力をもって糾弾に入った瞬間である。それは、捨て身の攻撃力である。

■ 老人介護の実態悲惨は「法を担う者」の「サービス精神」の欠如である。

当然、老人介護保険は年金から差し引かれ、私は義務を果たしている。その上、65歳まで待った。もしも、私と同様体験した老人が自殺でもしたら悲惨な最後であるし、それらの人々のことを思いやっての捨て身の抗議を行なった。 私は埒のいかない「自己保身」の女性調査員引き下がった。帰宅すると、区役所の次長といわれる男性から電話がかかり、訪問したいといってきた。「彼女が認めない限り、来てもらちはあかない。来るな」と返答した。

空しさだけで私を襲った。電電公社に勤務して、一度だって通話者に抵抗もせず34年8ケ月勤務した私は、税金で食っている輩が心からにくかった。

私は烈しい怒りの中で埋没した。人生こんなものだ、いや、老人への虐めが可愛そうで決意したのではなかったか。それを私は反芻し続けた。

そして、暫くして、名古屋市上部に訴えることに方針転換した。それは、私の経験を基にした方針転換である。それは、「介護申請者も二人の同席・申請を受けた役所側も二人」の提案である。それは同時に愛知県にも申し立てた。誰も精神病の私の言葉は信じてくれなかった。そして解決への手伝いもなかった。「録音しとくべきだった」と何度悔やんだか。

こんなことは「好訴妄想」といわれるのが落ち、いっそ死ぬほうが楽になれると思い悩んだ。私は赤堀さんの介護者、死ぬ訳にも行かない。そして、空しく記録に残ったのは「嘘でしょう」のタイトルだけの、ワード記録だけである。

■ 公共と棄民政策

公共性とサービスは全てのサービス業務が抱える命題である。現在、そのサービス業務の削減や、切捨てが深刻に進行しつつある。私達は「棄民政策の犠牲者」として甘んじるのか。闘うのか選択が迫られている。

2005年3月28日


赤堀政夫さん実社会の苦悩・・・そして介護者の告白

愛知 大野萌子

■ 無実の死刑囚

わが国には「殺人者」の汚名を着せられ、フレームアップされた元無実の死刑囚が4名いる。免田事件の免田さん、財田川事件の谷口さん、松山事件の斉藤さん、島田事件の赤堀さんである。 この人々は高校社会科授業に登上するほど問題視されているが、解放後の苦難は意外と知られていない。

この4件はそれぞれ複雑なフレームアップの実態があり、固有の問題をかかえるが、確定死刑囚になってから唯一同じなのは、4人とも収監先では「ただ処刑を待つ人」であった。

いつ処刑されても不思議ではなかった。

ただし、やってもいない罪を認めず、無実を叫び、死闘ともいえる再審(刑事訴訟法5章)の道に挑み続けた。それは、信じられない長いみちのりであった。

■ 島田事件 赤堀政夫さん

赤堀政夫さんを巻き込んだ事件は、「島田市」で起きた6歳の幼女強姦殺人事件である。いわゆる「島田事件」である。

事件当時、横浜の保土ヶ谷にいた赤堀さんは、島田で起きた事件に関与できる訳はないが、仕事探しの放浪者ゆえに「不在証明」がとれず、島田署に全国指名手配されていた。逮捕時事件と赤堀さんを結びつけるものは皆無であつた。不当な逮捕は1954年(昭和29年)5月24日、岐阜県鵜沼である。以降、34年8ケ月を監獄に収監され、解放は1989年1月31日であった。25歳の若者だった赤堀さんは、解放時59歳の初老を向かえていた。

■ 時代の変遷

その間、彼は現代社会とは隔絶され、時代から完全に取り残された。

したがって現代社会の機械化にも無縁であり、逮捕時の運送手段は「大八車」か「リヤカー」で、車社会など想像もしえなかった。物価指数の一つを上げれば、「男物桐下駄」が逮捕時300円だったものが、解放時10.300円である。

それをにわかに理解しろとは誰もいえない。

一般人は時代の変化に自然な適応を行い生活に連続性があるが、赤堀さんには35年の獄中時代の空白期があり、生活は非連続であるがゆえに社会適応能力を失っている。

■ 適応能力

監獄は保健制度・医療・食文化・機械化された家庭の機器・家庭内の家具も全く無縁であった。解放後もそれらの知識はないし活用できない。 また、刑務所内の「人間の付き合い」は刑務官だけで、死刑囚舎房の他死刑囚たちとも厳密には対話できない。いわゆる獄中者同士の対話は「声通」といわれ懲罰対象となる。その監獄組織は秩序と規律のみで、それにしたがって、管理と指導がなされ自己主張は出来ない。上からの命令だけで、抵抗はできなく絶対服従の世界である。

従って、現代社会においても、「一般的知識」はなく判断基準もない。本人は「天皇」と同様、現在も全ては管理と指導の「お世話の世界」に甘んじなければならない。

出来ることは、獄中生活から継続されてきた、「洗濯」「食器洗い」「塵捨て」「掃除機以外での掃除はできる」などである。

季節ごとの洋服選びや下着などは、当局に「領置」されてきたので、自分で選択する基準は奪われたままである。つまり、お仕着せの世界である。今もそれは不得手な部類で、季節ごとに自分で「衣類」の選択もできない。

■ 医療について

医療にしろ、健康面にしろ、元無実の死刑囚は自己決定できない。死刑囚とは「国有財産化」された存在で、前に述べたように「死刑のみを待つ存在」であつた。かろうじて「再審請求中だけは処刑されない」のが法的保障である。それでも、例外的に「ハンセン氏病だった」藤本さんは、無実を主張しつつも棄却翌日に抹殺された。

死刑囚本人の獄中生活の緊張感は想像を絶する。それだけの「生命」であった。

解放され「さあ。出てゆけ」といわれても、交通手段もかわり、道路は手旗信号から点滅信号に変わった世界には馴染めるわけがない。医療も同様である。医療も解らず、丁寧な「インフォームドコンセント」が求められる。

今回も「喉に骨が刺さった」(実は急性 咽頭炎であったが・・・)主訴。

「小児科の幼児と同じと考えればこと足りる」と介護者は考える。接近の仕方は「何々はできますか」と、まず、「できること」と、「出来ないこと」を聞くことから介護が始まる。

今回も「病衣」から「パジャマ」へ着替えさせるため持参したが、パジャマは、「点滴」後もそのまま放置してあつた。本人は、にわかに環境適応はできない。

■ 医師と赤堀さんの関係

赤堀さんは第一次地裁段階で、精神病院入院歴を問題にした弁護士によって「松沢精神病院」て「精神鑑定」を受けた。現在と自白時の精神状態である。

ところが、精神鑑定の医師たちは、警察・検察の捏造した調書にのみに依拠し、赤堀さんの無実の訴えには耳を傾けようとしなかった。赤堀さんは「答弁書」まで書いて身の潔白を証明しようとしたが、医師は「イソミタール(自白剤)」を打って自白を迫った。それでも赤堀さんは「やってない」と殺人行為の否定をした。ところが、眠気からさめると医師たちはわざと「君は自分がやったといった」と嘘をいい、ありもしないことで赤堀さんに追い討ちをかけた。検察調書と警察調書を信じて、挙句、精神鑑定書は赤堀さんを「うそつき赤堀」と断定した。そうであるだけに裁判ではアリバイも否定され、弁明は全て無効化していった。

イソミタールインタビューは世界的に否定されているものである。これは「精神障害者」差別である。医師は信じるに足りない人として赤堀さんに大きなトラウマを残した。

これは医師が一番気をつけなければならない点として指摘しておきたい。

■ 睡眠剤

赤堀さんの毎日は「死刑の恐怖」との闘いであった。朝、処刑のある日8時半ころ「全員窓側を向いて座るように」と号令が飛ぶ。今日は自分の番ではないか? それは、極度の緊張が強いられる時間であり、「警備隊・・・(実社会では機動隊に当たる)」が大勢で「ダッダッダッ」と靴を鳴らして房内に入る時間でもある。

静まり返った房は、「シーン」として息すら聞こえないという。

足音が過ぎれば、今日一日は無事である。そして、足音が過ぎた順に「ホーッ」とため息が漏れるといわれる。日曜日と祭日に処刑はない。それゆえにその前夜だけが、死刑囚の安眠の夜である。

それは、毎日歌壇で特選に入賞され、処刑された「島 秋人氏」の次の短歌でしることが出来る。

「暖かきセーターをたたむ夜は 一日の生命もろてで愛しむ」

赤堀さんには「睡眠剤」は生命維持の妙薬である。

その上、長い間の「処刑への恐怖から睡眠が浅く、眠れぬ夜の為」に習慣性ができている。また、子供のときから「不眠」とも訴えられている。赤堀さんには、精神科受診・投薬も「効かない」と再三言われる。医師と私は、これ以上の薬乱用を避けて、「薬効」の同じものを繰り返して投薬、本人を納得させている。睡眠導入剤は当人の常用を服用とするのが原則である。

■ 介護の基本

病気とは、ナイチンゲールが言うように、「苦痛なものではない」と信じる。しかし、それが当人に不快であれば介護者本人が、まずは総点検の必要性に迫られる。

自宅でも規制された生活が必要であるが、病院のシステムはなおさら適応しにくい。また、適応できにくい。食・経済・健康・医療・季節ごとの着衣等々、の管理と指導は介護者の任務である。それらがスライドしたところに病院入院と看護の難しさがあると思われる。

しかしながら、医療も看護も「力」の入ったものは誤りで、自然体でありながら赤堀さんの「特殊性」を嗅ぎ取ることが求められる。

■ 退院

今回本人からの申し立てで退院が決定された。その理由は「具合がよくなった。入院費の負担の心配」が退院要求となった。「入院費は心配しなくてもよいですよ。食事代だけでまかなわれるから・・・」と事前に説明したが、家の食事代とは比較にならないくらい高価な代償を支払うと誤解されていた。

また、テレビはカードで見られるからと何度も本人に確認したが、「高いテレビは見られない」と思い違い、食事代が高くつけば、退院したほうがよいと本人は判断した。

グアムから帰還された、横井庄一さんも同様であろう。

「看護」も一般論で片付けることは不可能である。看護は「何ができるか」「何ができないか」の問いかけをするよう再度指摘しておきたい。

2005年4月8日


障害者支援施設の窓に300本の木製格子!!

2003年4月、長野市障害者支援施設「ハーモニー桃の郷」(3階建て、延べ約1900平方メートル)がオープンしました。この施設には知的障害者(1階)、精神障害者(2階)、地域交流施設などが入っています。

なんと窓には格子が! 施設正面と裏側2.3階の窓を覆って木製格子が300本以上取り付けられています。市内の5家族会と県家族会連合会は、格子撤去を要望

現在格子撤去に向け署名運動が行われています。詳しいことは以下にお問い合わせください。

長野家連事務局

〒380・0928長野市若里7-1-7長野県社会福祉総合センター5F

FAX 026-225-6422

以下長野英子のホームページからもビラ・署名用紙などがダウンロードできます。

https://nagano.dee.cc/topics.htm


心神喪失者等医療観察法7月15日施行を強行?

東京 長野英子

心神喪失者等医療観察法は7月15日までに施行しなければならないことに法律で決まっていますが、いまだ対象者を拘禁する「指定入院施設」もめどが立っているのは90床、年間300人と想定されている対象者を考えるとたちまち施設が不足することは明らかです。また指定を受け入れた施設でも、医師はじめスタッフが集まらないということで、現場からはこのままでは施行できない、という悲鳴が上がっています。

一方対象者を決める際の鑑定の手続きについても、鑑定入院中の強制医療や身体拘束等の法的根拠、あるいは弁護士が立会人なしで面会できる秘密交通権の問題などなどまったく法律に書かれていないままです。また地域処遇という強制通院地域監視の制度についても個人情報の管理がどうなるかについてもまったく準備できていません。

6月8日に衆議院法務委員会で民主党の泉健太議員が追及したところによると厚生労働省塩田障害福祉部長は施設が不足していることを認めたうえで、法の円滑な施行に支障が生じたときは対応策を考えると発言、すでに出されているような施設や人員配置基準の切り下げを行うつもりであるといわなければなりません。また仮に、という前提つきですが施設が不足した場合は補完的に都道府県立病院にお願いする、という朝日新聞が報じた代用施設という方向もほのめかしました。

また民主党の松野議員が、とりわけ鑑定入院中の、行動制限について、鑑定中に医療が必要となったら、鑑定医が治療もするのか、別の医師が治療するのか、行動制限についてはどうなるのか。それらに異議があるとき、その異議の申し立て、あるいは強制医療や行動制限の適正手続きについてはどうなのか。そもそも鑑定の規準となるガイドラインはあるのかなど追求。

塩田部長は鑑定の期間の取り扱いについては、法律上具体的な記述がない、どういう形にするかについては今後の課題であろうと考える、鑑定期間中の医療のあり方については、この制度に限らず、日本の精神医療が抱える大きな課題の一つと認識をしている。鑑定ガイドラインについては法的拘束力のあるものを作るつもりはない、などと答弁。法務省も淡々と施行する、などというふざけた答弁でした。

松野議員はもう一月余りでありまして、これは率直に申し上げて、とてもまともに施行できる状況ではない、この点だけは強く御指摘をしておきたいと締めくくりました。

卑しくも国権を持って人を拘禁するのに、まったく準備不足のまま施行し、後で修正していけばいい、適正手続きもない、でも淡々と施行する、などということ、やはり私たち「精神病」者は「人」ではないようです。

前号に同封した医療観察法廃止署名にご協力を、法廃止まで集め続けます。


全国「精神病」者集団総会のプログラム案その他

全国「精神病」者集団窓口係 山本真理

全国「精神病」者集団の今後のために、そして何より会員一人一人の生き延びる闘いのために、11月に全国「精神病」者集団総会を開きたいと考えています。

皆様のご意見をお寄せください。宿泊、参加費は無料ですが、交通費は出せません。周囲の専門職その他からの旅費カンパ要請文案も必要かもしれませんが。

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前日の議論を踏まえて、全国「精神病」者集団は必要か、誰のためにあるのか、何をするのか、そしてどうやってその目的を達成していくのか、みなで議論していきたいと考えます。


夏季カンパ要請

日ごろのご支援に感謝いたします。

厳しい経済情勢の中でのお願いで恐縮です。全国「精神病」者集団ニュースを今後も出し続けるために、そして私たち「精神病」者の生存権主張として全国「精神病」者集団の活動を維持していくために皆様にカンパをお願いいたします。会計報告が間に合わず申し訳ありません。次号で報告させていただきます。

11月総会開催のためにも多くの方のカンパを訴えます。

なお余裕のある方はぜひニュース有料購読を周囲の方に呼びかけてください。WNUSP総会報告書を買っていただけるよう周囲の方に呼びかけてください。代金は送料とも600円です。

お申し込みは全国「精神病」者集団窓口までお願いします。できるだけメール・ファックス・手紙でお願いいたします。

同封の郵便振替でカンパをお振込みください。「精神病」者本人にはニュースは無料でお送りしておりますのでご心配なく。カンパはあくまで任意で義務ではありません。すべての方に振替用紙を同封しておりますが、これは請求書ではなく、あくまでカンパをしてくださる方の便宜のために同封しております。

なにとぞよろしくお願いいたします。なお会計報告は遅れておりますが、次号でいたしますのでお許しください。

全国「精神病」者集団窓口

〒210-8799 川崎中央郵便局私書箱65号 絆社ニュース発行所

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