私たちは、法務省が6月18日に発表した「取調べの可視化に関する省内勉強会の 中間取りまとめ」において、可視化に関する議論が後退していることに懸念を表 明します。 民主党は、2009年総選挙に際して発表したマニフェスト2009において、「消費 者・人権」と題する項目を設け、同項目の中で「取り調べの可視化で冤罪を防止 する」と明記しました。千葉景子法務大臣も、このマニフェストに沿って取調べ の全面可視化を進めていくことを表明し、法務省内に勉強会とワーキング・グ ループを設置し、可視化に向けた検討を進めてきました。 しかし、2010年の通常国会では取調べ可視化法案の提出は見送られ、2010年6月 に発表された民主党のマニフェスト2010から「人権」の項目が消え、取調べの可 視化に関する記述もなくなっています。 さらに、法務省が今回発表した「取調べの可視化に関する省内勉強会の中間取り まとめ」では、「被疑者取調べの全面的な可視化の実現を基本」として検討を進 めているとしつつも、全事件の可視化は現実的ではないとし、さらに取調べの全 過程の可視化が捜査に悪影響を与えるとの懸念を示しています。一方、新たな捜 査方法の導入についても検討したいとして、2011年6月以降に検討結果を取りま とめるという方針を示しています。 現在の刑事司法制度では、代用監獄である警察留置場に身柄を確保した上で、 弁護人の立会いがないままの長期間にわたる取調べが常態化しています。その 結果、自白の強要による冤罪事件など、深刻な人権侵害が相次いで起こってい ます。国際人権基準に沿った適正な捜査・取調べを実現し、人権侵害を防止する ためには、代用監獄の廃止や取調べ時間の制限等による規制とともに、取調べそ のものを監視する体制が必要であり、取調べの全面可視化は必要不可欠です。 後に無罪判決を受けた元死刑囚や2010年3月に再審無罪となった菅家利和さんを はじめ、様々な冤罪事件の被害者の多くが、自白を強要されるに至った自らの 体験を語る中で、取調べの可視化を訴えています。 取調べの可視化を進めている諸外国では、違法な取調べを抑制し、虚偽の自白を 防止するだけでなく、信用性の高い証拠が作成され、裁判における正確な事実認 定に寄与する効果が見られたとの報告があります。また、国連の拷問禁止委員会 や自由権規約委員会では、繰り返し日本の刑事司法が国際人権基準に明らかに違 反していることが指摘され、取調べ段階での全過程の録画・録音および弁護人の 立会いを導入すべきであるとする勧告が出されています。 そもそも、法務省の勉強会およびワーキング・グループは、閣僚関係者以外はメ ンバーが明らかでなく、その議事録なども公開されていません。また、同省の調 査計画では、国内の捜査経験者からのヒアリングを行うとする一方で、冤罪被害 者など実際に取調べの中で人権侵害を受けた人びとの声を聞く調査が含まれてい ません。 日本政府および主要な政権党たる民主党は、取調べの可視化の議論において、現 在の刑事司法制度が多くの冤罪被害者を生み出している事実を踏まえ、被疑者の 権利保障を国際人権基準に合致させることを第一の目的とすべきです。そして、 刑事司法の透明化を実現するために、新たな捜査手法の導入等の議論とは無関係 に、まず取調べの全面可視化に踏み切ることが早急に求められています。 私たちは、日本政府に対し、取調べの全面可視化を含む、刑事司法制度の抜本的 改革のために以下の点を要請いたします。 ・法務省の勉強会およびワーキング・グループに関して、そのメンバーおよび議 事録を明らかにし、検討過程を公開すること ・今後の調査、検討においては、取調べでの自白強要など、取調べ過程での人権 侵害が指摘されている冤罪事件の被害者や弁護士からもヒアリングを行うこと ・新たな捜査手法の導入等の議論と切り離し、遅くとも2011年の通常国会におい て、取調べの全面可視化法案の成立を図ること ・取調べの全面可視化だけでなく、取調べにおける弁護人の立ち合いの実現と、 代用監獄制度の廃止に向けた検討作業を開始すること