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℡06-6363-3310 FAX 06-6363-3320 生活保護問題対策全国会議 弁護士 小久保哲郎
厚労省は、本日、2011年7月の生活保護利用者数が現行生活保護法において過去最多となったと発表した。利用者数に関するこの間の報道は、その増加自体 が問題であるかのようなものが多い。しかし、現在の経済不況や震災失業といった未曾有の危機的状況においても多数の国民が飢えることなく生活できているの は、憲法25条で保障された生活保護制度があればこそである。最後のセーフティネットとして機能している生活保護制度そのものの評価を下げるような報道に は違和感を覚える。問題とすべきは、貧困そのものの拡大である。その結果として、やむなく生活保護を利用せざるを得ない人が増加しているのが実状である。
当会議は、「生活保護利用者数過去最多」に当たって、以下の見解を公表するものである。
第1 見解の趣旨
第 1に、2011年6月の保護利用者数は204万1592人であったが、同年7月の同利用者数が約205万人となったといっても、保護率(保護利用者数の人 口比)は約1.6%にとどまり、現行生活保護法において過去最多数の1951年時の保護率2.4%に比してまだ3分の2程度であり、実質的には過去最多と はいえない。
第2に、すべての国民、市民に最低生活を保障するという生活保護の目的からみると、貧困率16%(2009年)に対して、保護率は1.6%にとどまり、やっと10分の1しか捕捉していない。資産要件(貯金)を加味しても3割余りの捕捉にとどまる。
第3に、諸外国との比較においても、日本の生活保護率、捕捉率は際立って低い。よって、生活保護がその役割を十分に果たしているとは到底いえない。
現在求められているのは、貧困の拡大に対して、社会保障制度を拡充し、雇用を立て直すとともに、生活保護制度の迅速な活用によって生活困窮者を漏れなく救済することである。
第2 見解の理由
1 過去最多は過去最大を意味しない ~1951年204万6千人との比較の意味~
(1)利用者数ではなく、保護率で比較するべき
1951年度の保護利用者数は204万6千人であるが、当時の人口は8457万人であるから、保護率は2.4%になる。これに対して、2011年7月の利 用者数が約205万人に達したといっても、現在の推計人口は1億2691万人であるから、保護率は1.6%にとどまる。すなわち、現在の保護率は、 1951年の3分の2程度である。当時と同等の保護率になるには、保護利用者が現在の約1.5倍の309万人に達する必要がある。
このように、実質的に「過去最高水準」と言えるか否かは、利用者数ではなく保護率で比較すべきである。保護率で見ると、近年増加しているとはいえ、未だ「過去最高水準」には遠く及ばないことに留意すべきである。
(2)当時も膨大な漏給(保護漏れ)状態であった
当時は戦後の混乱期の影響が色濃く残っており、膨大な生活困窮者が存在していたが、生活保護によって救済されていたのは2割にも満たなかった。例えば、 やっと戦後が終わったといわれる1955年でも、当時の厚生行政基礎調査(現・国民生活基礎調査)によれば、生活保護世帯の消費水準と同等かそれ以下の水 準に留まっている世帯は、204万2千世帯、999万人にも上っていた。これに対して、当時の保護利用者は、66万1千世帯、192万9千人にとどまって いた。したがって、1951年の保護利用者204万6千人といっても、膨大な生活困窮者の中のごく一部分であることに留意すべきである。
(3)当時は社会保障制度が未整備であり、生活保護がワーキングプアを引き受けていた
当 時は、戦後の混乱期の影響から、低賃金労働者が広範に存在していたが、社会保障制度が未整備な段階であった(最低賃金法は1959年、国民皆年金皆保険は 1961年)。このため、1951年では、世帯主稼働世帯(世帯員のみ稼働除く)55.3%、1958年では稼働世帯(世帯員のみ稼働も含む)57.7% であった。これに対して、2010年11月の稼働世帯は13.4%にとどまる。1951年当時は、現在以上にワーキングプアを生活保護で支えなければなら ない状況であり、生活保護への負担がかかって当然であった(にもかかわらず、漏給が多かったのは(2)で述べたとおり)から、この点も留意すべきである。
2 先進諸外国に比べて日本の保護率は著しく低い
参考図 にあるように、日本の保護率は異常に低い。諸外国では、スウェーデンを始め、少なくとも日本の3倍以上である。また、捕捉率(収入ベースで、貧困水準未満の世帯中の保護利用世帯)も、イギリスを始め、少なくとも日本の3倍以上である。
3 生活保護利用者増加の背景にある雇用と社会保障制度の不全
(1)なぜ生活保護利用者が増えているのか
近年、稼働年齢層を含む「その他世帯」の比率が増加しているとはいえ13.5%にとどまり、高齢者世帯(44.3%)と傷病・障害者世帯(34.3%)が 約8割を占めている(21年度)。すなわち、日本で生活保護利用者が増えているのは、まずもって、年金制度が未成熟で生活保障機能に乏しく、無年金低年金 の高齢者や障害者が多数存在することに原因がある。また、非正規雇用の蔓延等によって雇用が不安定化し低賃金の労働者や長期失業者が増えたこと、雇用保険 のカバー率が失業者の2割程度と著しく低いこと、子育て世代への支援が乏しく、低所得者に対する住宅セーフティネットもほとんど存在しないことなど、生活 保護の手前にある雇用や社会保障制度の手薄さに原因がある。
こうした状況の中で「最後のセーフティネット」と言われる生活保護の利用者数が増えることはむしろ当然のことであり、多くの生活困窮者の生存を支えているという積極的な面にこそ目を向けるべきである。
問 題は、「生活保護利用者が増えていること」や「生活保護利用者そのもの」にあるのではなく、そうならざるを得ない雇用やその他の社会保障制度の脆弱性にあ る。こうした生活保護利用者増加の真の原因を解決しないまま、生活保護制度や制度利用者を問題視することでは解決にならないし、中長期的には却って問題を こじらせることが明らかである。生活保護制度を切り縮めることではなく、低賃金・不安定雇用への規制を強化し、雇用保険、年金、健康保険、児童扶養手当、 子ども手当、住宅手当、生活保障付き職業訓練などの中間的セーフティネットを充実することこそが求められている。
(2)すべての市民に最低生活を保障するという生活保護の目的からみてどうか
上記のとおり、貧困が広がる中、生活保護制度が積極的な機能を果たしつつあるものの、未だ十分にその本来の機能を果たし得ているとは言えない状況にある。
す なわち、相対的貧困率(2009年)は過去最高の16%に達している(2011年7月厚労省 )。これに対して、保護率は1.6%にとどまり、生活保護で救済されているのは、やっと1割である。資産要件(貯金)を加味しても3割余りの捕捉にとどま る(2010年4月厚労省)。この要因は、①生活保護水準以下の収入で生活しているにもかかわらず、現行の厳しい受給要件(最低生活費の1か月分以上の預 貯金を保有していると保護が開始されない。自動車の保有や使用は原則として認められない。64歳まで稼働能力の活用を求められるなど)を満たさず受給でき ない世帯、②現行の受給要件を満たしているにもかかわらず、行政の違法な窓口対応(いわゆる「水際作戦」)や違法な指導指示によって保護から排除されてい る世帯、③行政の広報不足から自らが受給要件を満たしていることを知らない世帯、④世間の偏見、スティグマから申請を思いとどまっている世帯等、膨大な生 活困窮者が生活保護から排除されていることにある。
以上のように、1951年当時の人口、生活保護での救済率、生活保護の目的、海外主要国の公的扶助率等から検証すると、日本の生活保護がその機能を十分に果たしているとは到底いえない。
4 「不正受給」は実態に即した冷静な議論と対策が必要
不正受給報道が多いため、生活保護=不正受給というイメージが蔓延している。しかし、「不正受給」の実態を、量的・質的な両側面から冷静に捉えることが必要である。
確かに、不正受給の絶対額は年々増えているが、それは、受給者増に伴い生活保護費の総額が増えていることに伴う当然のことである。発生率で見ると、2009年度では1.54%(発生件数/世帯数)、金額では0.33%にとどまり(別図表 )、大きな変動はない。
ま た、不正受給とされるケースの内実はさまざまである。北海道滝川市で06年-07年に起きた元暴力団員による巨額の通院移送費不正受給事件のように悪質な ものもあるが、これは役所の姿勢の甘さにも根本的な問題がある。一方で、わずかな勤労収入の不申告が不正受給とされることも多い。そこには、高校生のアル バイト収入の扱いなど制度の側を見直すべきものも含まれる。
不正受給を解決するには、「不正受給」の背景や要因を、行政の責任も含めて明確にし、高校生のアルバイト収入等などの収入認定除外などの運用の改善、利用者へ申告義務の徹底、ケースワーカーの基準に従った配置(80利用世帯に対して1名)と専門性の向上などが重要である。
さ らに、無料低額宿泊所、「福祉」アパート、悪質医療機関など、いわゆる「貧困ビジネス」といわれる問題についても、当事者が生活保護を受給していることに 問題があるわけではない。生活保護受給者を食い物にする業者と、それを容認し、むしろ活用している行政に問題があるのであって、悪質業者に対する規制を強 化することによって対応すべき事柄である。
第3 まとめ
現在求められているのは、過去最 高の貧困の拡大に対して、雇用を建て直し、雇用保険を始めとする社会保険の充実、第2のセーフティネットなど生活保護に至る前の社会保障制度を拡充して、 生活保護制度への負担を軽減することである 。また、それらの社会保障制度から漏れる市民を、生活保護制度の迅速な活用によって漏れなく救済することである。
以 上
(1)保護率・捕捉率の国際比較
1 保護率 ~日本の保護率(利用者/人口)は異常に低い。
(注)アメリカはSNAP(補足的栄養扶助)
2 捕捉率 ~日本の捕捉率(貧困水準未満の世帯中の保護利用世帯)も低い。
(注)日本・スウェーデンは当該国の公的扶助水準比、独・仏・英はEU基準比(所得中央値の60%、英は求職者)
(2) 相対的貧困率…日本に住む人を、所得の低い人から高い人からへ順番に並べ、まん中にあたる人の所得(中央値)の半分(112万円)に満たない人の割合。収 入金額では、単身世帯では月収9万3千円未満、4人世帯では同じく18万6千円未満の世帯に属する人口の割合。結果的には生活保護基準とさほど変わらな い。
(4) 雇用状況等のデータ一覧
○ 完全失業率4.3%、完全失業者数276万人。有効求人倍率0.66倍(パート込み)。正社員は0.39倍。91万人分の仕事が足りない状況(いずれも2011年8月))
○ 完全失業者に対する失業給付のカバー率は20.9%(2008年)。
○ 基礎年金のみか旧国民年金受給者数は852万人、年金月額4万8,900円(2009年)
○ 国民健康保険料滞納世帯445万(全加入世帯中20.8%)、短期証交付世帯数120万、資格証世帯31万(いずれも2009年)。資格証の受診率は一般世帯の53分の1。国民年金保険料滞納世帯は4割超
○ 2011年10月から職業訓練中の生活保障給付制度が法制化され、求職者支援法が施行された。これは一歩前進といえるが、現在実施されている住宅手当制 度も支給対象や内容を拡充したうえで、欧米諸国と同様に、より普遍的な家賃補助制度として法制化することが求められる(このままでは2012年3月で終 了)。