2016年9月1日
神奈川県立津久井やまゆり園での障害者殺傷事件について
民進党厚生労働部門・内閣部門合同会議ヒアリング意見書
全国「精神病」者集団
このたび、相模原の障害者施設で発生した連続殺人事件で亡くなられた方に心からご冥福をお祈りするとともに、被害に合われた方々が1日も早く回復されることを願っております。
7月26日、相模原の障害者施設で前代未聞の殺人事件が発生しました。約50名の障害者を殺傷した植松聖容疑者は「障害者は生きていても仕方ない」という動機で事件を起こしたとされています。この「障害者は生きていても仕方ない」という考え方は、社会の中に根付いた障害者に対する差別意識のあらわれであると思います。ヒットラーが優生思想に基づいて行ったT4作戦を思い起こさせます。結果、精神障害当事者の中には、調子を崩したり、不安な気持ちになっている仲間もいます。
また、私たちは一箇所に大人数の障害者を収容する施設という環境が、短時間に50名近くの重度障害者の殺傷を可能とした点を厳しく指摘します。施設は大人数の利用者を一箇所に集めて少人数のスタッフで管理・援助していく仕組みであり、権能が管理・援助する人に集中しやすい点に特徴が認められます。そのため、小人数のスタッフが機能不全になると、利用者が無防備な状態で放り出されるような事態が起こり得ます。今回は、刃物を所持した元施設職員による殺傷事件というかたちではありましたが、重度障害者が逃げ遅れて死に至る問題は、災害その他さまざまなかたちで起こり得るものです。
そして施設や精神科病院は、障害者を収容して社会から隔絶してしまう負の側面があります。このように障害者を隔絶し、共に暮らすことのない社会においては、健常者の側から見て障害者が役に立たない、生きていても仕方のない存在のように思えてくるのだと思います。障害者とその他の人が共に当たり前に暮らしていく社会にしていくためにも、施設や精神科病院への長期収容状態から脱却し、地域移行や地域生活支援の拡充が不可欠になると考えます。
しかし、現在は容疑者に対する措置入院の解除、退院後の監視が不十分であり問題であったかのような報道が散見され、政府は「障害者施設における殺傷事件への対応に関する関係閣僚会議」を設置し、その下で厚生労働省が「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下、検討チーム)を設置して、施設の防犯強化と措置入院の見直しの検討を開始しました。私たちは、障害のある人もない人も共に生きていく社会とはほど遠い、治安的な色彩の強い出口を狭くするような法改正になるのではないかと深刻に憂慮しています。
私たちは、相模原事件とその再発防止のための検討に対して次の論点で意見を表明します。
1.検討チームにおける措置入院改正に向けた議論について
容疑者に対する措置入院の解除、退院後の支援が不十分であったことが問題であるかのような報道がされています。また、検討チームでは既に措置入院退院後のフォローアップ(退院後の監視)が論点としてあがってきています。現時点では、容疑者に何らかの精神障害があったかどうか不明であり、容疑者の犯罪行為が精神障害に起因したものとは考え難いとする意見を多く耳にします。したがって、事件を予防できなかった原因を精神医療及び措置入院制度に求めるのは、時期尚早と言わなければなりません。最低でも精神鑑定にかかわる裁判結果がわかるまでは措置入院改正の検討を中断するべきです。
また、当該検討チームの議論は、措置入院からの退院を困難にし、精神障害者を治安の対象とみなす社会が促進されることで、地域で暮らす精神障害者への差別、偏見が助長されるのではないかと深刻に憂慮します。
2.検討チームの持ち方について
当該検討チームは非公開とされていますが、事実関係の把握も含めて私たちに知らされないまま私たちのことが決められていくことに強く懸念します。個人情報に係る議論を終えた段階で公開にすべきと考えます。措置入院は、精神障害者を要件とした入院制度であり、私たち精神障害者の生活に直接的にかかわる制度です。にもかかわらず、精神障害者が検討チームに入っておらず、検討チームによる障害者団体へのヒアリングのスケジュールなども不明です。精神保健福祉法にかかわる検討をしようというならば、精神障害当事者の意見を聴く機会を設けるべきです。
3.地域移行の流れに逆行する精神医療の治安的利用について
このたびの事件は精神医療の過失はなく、警察の過失によるところが大きかったと考えます。その責任回避のために精神医療の問題に帰責し、措置入院が治安的理由で改正されようとしていることに憂慮します。容疑者を精神科病院に閉じこめておけばよかったかのような考えは、精神医療を犯罪防止の道具にする短絡的思考につながって いきます。これでは地域移行が課題となっている現在、逆行する政策になりかねません。また、思想は医療で矯正できるものではなく、すべきでもありません。このような考え方でしか検討が進まないのであれば検討そのものを中断、撤回するべきだと考えます。
4.精神保健福祉法の改正について
精神保健福祉法の非自発的入院の運用は、従前から指摘されてきている通り、非常に恣意的です。障害者権利条約は、精神障害者だけを対象にした非自発的入院制度の廃止を求めています。容疑者を単に「危険思想」というだけで措置入院にしたのなら出口ではなく入口の問題こそ検討し、措置入院が治安的に運用されてきた事実を反省的に見直さなければならないはずです。
5.退院後のフォローアップ(解除後の監視)について
検討チームは、退院後のフォローアップのモデルとして兵庫県の「継続支援チーム」に注目しています。ところが、私たちは兵庫県の精神障害者団体と協力して独自に調査した結果、兵庫県の「継続支援チーム」の介入によって体調を崩している人が複数いることがわかってきました。例えば、「継続支援チーム」の介入をストレスに感じて再発した例やたまたま評判の悪い病院が精神科救急の当番で入院し、そのまま当該病院に通うことを強いられて体調を崩した例などがあります。退院後のフォローアップは、他害防止のための監視のような機能があるため、実際の場面でも精神障害者にとって日常生活の重圧になっている点で問題があります。
6.障害者政策委員会について
これらの政策変更は、障害者政策委員会に諮っておく必要があると考えます。また、障害者政策委員会には、津久井やまゆり園の殺傷事件で問題となっている当事者であるはずの精神障害者、知的障害者の委員がいません。このような状態で諮ることは、本人抜きの政策決定を加速させることになるため、障害者政策委員会に精神障害者と知的障害者の委員を入れるべきと考えます。