2018年7月29日 心神喪失者等医療観察法廃止集会 国連恣意的拘禁作業部会意見について特別報告

医療扶助人権ネットワークの内田明さんからの報告
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国連・恣意的拘禁作業部会が措置入院に関して違法判断【提出版】

国連・恣意的拘禁作業部会が措置入院に関して違法判断

医療扶助・人権ネットワーク 事務局長 内田 明

1 はじめに

2018年4月19日、国連の恣意的拘禁作業部会は、窃盗未遂(万引き)をきっかけとして措置入院となった男性の事案について、当該措置入院による自由の剥脱が「恣意的拘禁」に該当し違法であると判断し、日本政府に対し、状況の改善のために必要な措置をとるほか、補償または賠償を行うことなどを求める意見書を採択しました。恣意的拘禁作業部会が日本国内の事案について恣意的拘禁であると判断したのは、クジラ肉の不正告発に関連してグリーン・ピースジャパンの職員が窃盗罪等で起訴されたことが問題となった事案に次いで2例目であり、精神科医療の分野では初めての判断となりました。

2 経緯

問題となった事案は、次のようなものでした。被害者は日本人の成人男性であり、以前から統合失調症で通院治療を続けていた方です。2017年7月に自宅近くの飲食店へ行き、同店の冷蔵庫からコーラを盗もうとして店員に見つかり通報されて逮捕されました。翌日、措置入院(精神保健福祉法29条第1項)の手続がとられ、都内の精神科病院に強制入院となりました。被害者は退院請求(同法38条の4第1項)を行いましたが、精神医療審査会は「引き続き現在の入院形態での入院が適当である」と判断しました。

措置入院に関する国内法的な救済手段としては退院請求のほかに審査請求や取消訴訟などが考えられるところですが、一般に措置入院は3か月程度で終了し医療保護入院という別の強制入院手続に切り替えられることが多く、審理に時間を要する審査請求や取消訴訟は救済手段として必ずしも有効ではありません。また、退院請求の認容率はおおむね5%以下にすぎず、退院請求によって救済される事案は極めて限定的です。そこで、これらの国内法的救済手段に代わるものとして、2017年10月、被害者は、国連の恣意的拘禁作業部会に対し、個人通報を行いました。

3 恣意的拘禁作業部会とは

国連は補助機関を設置することができ(国際連合憲章7条2項)、人権と基本的自由の促進と擁護に責任を持つ機関として人権理事会を設置しています。人権理事会は人権状況の監視、侵害の防止などの任務を国連によって与えられた専門家を任命することができ、この専門家は「特別報告者」という名称を付されることが多く、専門家が複数の場合には「作業部会」と称されるのが一般的です(阿部浩己「国連人権保障システムの至宝 特別報告者①」『時の法令2032号』54頁)。恣意的拘禁作業部会もその一つです。恣意的拘禁作業部会には他の特別報告者や作業部会にはない特別な権限が与えられており、被害者からの申立て(個人通報)があった場合には、個別事案ごとに国際人権基準に反したかどうかを当事者対抗的な手続きによって検討し、その判断結果を「意見」として示すことができます(阿部浩己「国連人権保障システムの至宝 特別報告者②」『時の法令2034号』63頁)。詳しい個人通報の流れについては精神医療国連個人通報センターのホームページ参照。)。この当事者対抗的な手続は厳格に運用されており、今回の個人通報手続において、日本政府は反論提出の期間を順守せず、作業部会の規則に従った提出期限の延長手続も行わなかったことから、作業部会は、期限に遅れて提出された日本政府の反論を受領せず、日本政府が「情報提供者からなされた信用できる一応確からしい主張に関して反論を述べないという選択肢を取った」とみなして、措置入院による自由の剥脱が恣意的拘禁であると判断しています。

なお、個人通報制度について、「日本は選択議定書を批准していないので個人通報制度が利用できない」などと説明されることがありますが、利用できないのは各人権条約に基づく個人通報制度であり、恣意的拘禁作業部会に対する個人通報とは別の制度です。

4 意見書の要旨

恣意的拘禁作業部会が認定する「恣意的拘禁」には5つのカテゴリーがあり、①自由の剥奪を正当化する法的根拠が明らかに見つからない場合(カテゴリーⅠ)、②世界人権宣言7条等または自由権規約12条等により保障された権利を行使したことを理由として自由の剥脱が行われた場合(カテゴリーⅡ)、③「公正な裁判を受ける権利」に関連する国際規範の不順守が重大である場合(カテゴリーⅢ)、④亡命希望者、移民または難民が、行政または司法による審査または救済の可能性がなく、行政により長期的監禁を受けている場合(カテゴリーⅣ)、⑤自由の剥奪が差別として国際法違反を構成し、それが人権の平等を没却することを目的としまたは没却する結果となる場合(カテゴリーⅤ)、いずれかに該当する場合には「恣意的拘禁」となります(より詳細な定義はA/HRC/36/38: Methods of work of the Working Group on Arbitrary Detention参照)。

本件において、作業部会は、被害者が書面や通知などで非自発的入院の必要性を知らされていなかったことなどが自由権規約9条の基準を充たさないとしてカテゴリーⅠに該当すると判断したほか、自由の剥脱が精神障害に基づく差別であると認定し(カテゴリーⅤ)、「恣意的拘禁」に該当すると判断しています(意見書の抄訳は精神医療国連個人通報センターのホームページに掲載されています。)。

5 意見書が採択された意義と今後の課題

今回の意見書の採択は、強制入院の問題に関する救済手段が国内法的手段だけではないことを示すものであり、強制入院を強いられている者に新たな不服申立手段を与える画期的なものといえます。他方で、日本政府が作業部会の意見書の内容に従わなかったとしても直接的な制裁はなく、制度的には意見書が採択されても強制入院が継続される危険があることから、どこまで救済手段として実効性が発揮されるかは今後の運用によることになります(本件は意見書採択時点において退院が実現していたため、意見書の実効性は大きな問題とはなりませんでした。)。

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