前代未聞、取手市が市民を精神科病院に強制移送!

前代未聞、取手市が市民を精神科病院に強制移送!
厚生労働大臣、取手市長、茨城県知事などに要望書提出
2019年6月7日
医療扶助・人権ネットワーク

当グループのメンバーが代理人となって、取手市が民間救急業者(民間の患者の搬送業者)に依頼して被害者を精神科病院へ強制的に移送した行為などについて、精神保健福祉法34条違反などを理由に、厚生労働大臣、茨城県知事、取手市長、会計検査院に対し、調査や是正措置などを求めて、要望書を提出しました(取手市と茨城県に対しては6月7日付でFAX提出、厚生労働省と会計検査院には郵送で同日に発送)。

当グループには、民間救急業者に関する相談が複数寄せられており、民間救急業者に対する刑事告訴をした事案もあります(東京新聞「医療保護入院『まるで誘拐』」2019年4月7日)。被害の典型例は、家族が民間救急業者に依頼し、業者が患者を強引に精神科病院へ移送し、強制入院させるものです。患者の意思に反して移送すること自体が、人権侵害や違法の疑いの強い行為ですが、そのような違法の疑いのある行為を行政機関である取手市が行っている点で、問題はより深刻です。法律上、強制入院(医療保護入院)のための患者の移送は、茨城県知事の権限であり、取手市には権限がありません。そのため、取手市は相談指導業務の一貫として移送を位置づけていますが、明らかに脱法行為です。本件は被害者が取手市議会に請願を提出した際に既に報道がなされていますが(茨城新聞「精神科へ強制移送で市の謝罪求める請願 取手の女性」2019年6月4日)、取手市のような脱法行為を行っている地方自治体が他にも存在する可能性があり、本件は取手市だけにとどまらない大きな問題であることから、厚生労働大臣などにも要望書を提出し、調査と是正措置などを求めたものです。

要 望 書

2019年6月7日

厚生労働大臣 根本 匠 殿
茨城県知事 大井川 和彦 殿
取手市長 藤井 信吾 殿
会計検査院 御中

被害者
上記代理人弁護士 山川 幸生
同弁護士 内田 明
(連絡先)
〒160-0004
東京都新宿区四谷3-2-2 TRビル7階
マザーシップ法律事務所内
医療扶助・人権ネットワーク
事務局長弁護士 内 田 明
TEL 03-5367-5142
FAX 03-5367-3742

第1 はじめに

取手市が民間救急業者を手配して被害者を精神科病院に移送した上で医療保護入院させ、その移送費を生活保護から支出した行為は、後記「第3 法的問題」のとおり違法であるから、被害者は、各関係機関に対し、後記「第4 要望事項」のとおり、要望するものである。

第2 事案の概要

被害者は20代の女性で、二人の子の母親である。
平成28年9月23日に長男を出産したが、被害者は未婚であり、養育環境が整っていないなどの理由により、同年10月6日、取手市は土浦児童相談所へ通知し(児童虐待の防止等に関する法律8条1項2号)、同年10月7日に長男が一時保護された(児童福祉法33条1項)。平成29年1月6日に一時保護は解除されたが、長男の一時保護をきっかけとして、取手市と被害者との間で対立関係が生じ、同年1月24日、取手市職員が被害者の入所先を訪問した際、被害者が包丁を持ちだしたことがあった(ただし、双方の言い分は異なる。)。

平成29年1月25日午前10時50分頃、取手市職員は、被害者の養父母に電話し、午前11時30分頃には、養父母宅を訪問し、養母と面談し、状況の説明を行った。取手市が被害者の養父母に接触したのは、このときが初めてであった(資料1・子育て支援課ケース記録)。午後1時50分頃、取手市職員は、民間救急業者である(茨城県。以下「民間救急業者」という。)の乗務員等を伴い、被害者が入所する母子生活支援施設(茨城県)を訪問し、被害者の意思に反して、民間救急業者のワゴン車に乗せ、病院(茨城県)へ移送し、医療保護入院させた。取手市職員も病院まで付き添った。同日、長男は、再び一時保護となった。

このときの移送費用は17万0200円であったところ(資料4・請求書)、取手市職員は、被害者の承諾を得ずに、生活保護上の移送費(生活保護法15条5号)の申請書(資料5・申請書)に氏名を作成し、同年2月17日付で移送費を認定し、民間救急業者に対し、移送費用17万0200円を直接支払った。なお、生活保護費は、その4分の3を国が負担しており、取手市が負担しているのは4分の1にすぎない。

同年1月26日13時30分頃、取手市職員は、取手市議会棟において、被害者の養父母と面談し、医療保護入院までの経過を説明した。同日16時頃、取手市職員は、養父母を病院へ連れて行き、養母に医療保護入院の同意書を書かせた(資料1・子育て支援課ケース記録)。

なお、平成29年1月25日の移送及び医療保護入院の経緯は、被害者の記憶によれば、次のとおりである。当日、取手市職員(子育て支援課)、児童相談所職員、男性2名、女性1名の5名が被害者の部屋に来て、被害者に対して「話をしよう」と言った。被害者は、部屋にいれるのが嫌だったので、施設の集合室(会議室)を借りようとしたが、取手市職員らより、「車で話をしよう」、「話すだけ」などと言われた。被害者は、手を引かれ連れて行かれそうになったので、それを振り払ったが、それでも、取手市職員らが「話すだけ」などと言って帰ろうとしないので、被害者は「話すだけ」なら仕方ないと思い、車で話すことを了承した。車へ行く前に、被害者は、貴重品を取りに行き、トイレにも行こうしたが、取手市職員らは部屋に戻らせてくれなかった。ワゴン車に入ると、話もなくワゴン車は発車し、病院へそのまま連れて行かれた。被害者は、翌日がの精神科の受診日(予約済み)であることや翌週に病院に初診の予定であると伝えたが、そのまま病院へ連れて行かれた。車内において、民間救急業者の職員から、手錠をちらつかされた。後日、電話で民間救急業者の職員と話したとき、「暴れたら使う予定だった」と言われた。当該職員によると、取手市役所から「とにかく危険だから、すぐに来るように」と言われ、駆け付けたと言っていた。

第3 法的問題

1  移送について(精神保健福祉法34条1項違反)

⑴ 医療保護入院とは、家族等の同意を条件に、精神障害者本人の同意がなくても、精神科病院に強制的に入院させることができる制度である(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)33条1項)。もっとも、一般に、緊急に入院を要するが本人に病識がなく入院の必要性を理解できない場合に、いかなる方法により本人を精神科病院まで連れて行き、医療保護入院させるかが問題となる。
この点について、平成11年改正前の精神保健福祉法には、医療保護入院を必要とする精神障害者の移送に関する特段の規定がなく、結果的に入院が遅れ、自傷他害の事態に至る場合もあった。他方、家族等の依頼を受けた民間警備会社が強制的に精神障害者を移送するなど、患者の人権の観点から問題視される事例も発生していた。このため、平成11年改正により、都道府県知事は、本人の同意がなくても、医療保護入院のために応急入院指定病院へ移送することが認められた(精神保健福祉法34条1項)*1*2。

この平成11年改正は、「民間の警備会社等による精神障害者を強制的に精神科病院に搬送させる事態を防ぐことを目的の一つとして,同法34条所定の移送の制度が設けられた」ものである*3。裁判例においても、離婚訴訟係属中の夫の依頼により民間救急業者が移送中に妻に軽度の傷害を負わせた事案について、「そもそも精神保健福祉法上の移送によらない患者の意に反する搬送行為が許されるか否かも問題である」と指摘されており*4、精神保健福祉法34条によらない移送の可否について、否定的な見解を示している。このように、家族であっても、本人の容態が重篤で意思表示ができないなどの事情もないのに、本人の意思に反して、民間救急業者の力を借りて自動車に乗せ、精神科病院へ移送することは、人権侵害の危険がある。また、移送の態様によっては、逮捕監禁罪(刑法220条)等の犯罪に該当することもある。

上記裁判例は、家族等が民間救急業者を利用したという純粋な私人間の問題であるが、本件は、茨城県知事の権限に属する移送を取手市が行っている点で、問題はより深刻である。一般に、行政機関はどのような活動でもなし得るわけではなく、特に国民の権利を制限したり、義務を課したりするためには、法律の根拠が必要である(法律による行政の原理)。法律上、医療保護入院のための精神障害者の移送に関し、都道府県知事による移送を定めた精神保健福祉法34条が存在するだけで、市町村長による移送を認めた規定は存在しない(なお、大都市の特例(精神保健福祉法51条の12)の例外はあるが、取手市に大都市の特例は適用されない。)。そのため、取手市が民間救急業者を手配し、被害者を精神科病院へ移送した行為は、法律の根拠を欠く、違法な行為である。

⑵ この点について、取手市は、被害者の「医療機関への搬送及び受診」に関し、精神障害福祉法47条4項を根拠に、「取手市は法律の規定に基づき、家族からの相談及び依頼により手配したものです。」という見解を示している(資料6・通知書2頁)。

しかしながら、精神保健福祉法47条4項*5は、市町村に対し、精神障害者や家族などから精神保健に関する相談が寄せられた場合に、相談等に応ずる努力義務を課したものにすぎない*6。この条項を手掛かりに、身体の自由の制限を伴う精神科病院への移送ができると解釈することには相当な無理がある。そのような解釈を示す文献も存在しない。そのうえ、取手市が被害者の養父母に初めて接触したのは移送の直前で、しかも取手市の方から接触を持ちかけたものである(資料1・取手市子育て支援課ケース記録)。このように、家族から相談を寄せられたわけでもないのに、取手市の方から積極的に「医療機関への搬送及び受診」の「手配」をすることは、精神保健福祉法47条4項が予定する相談等に応ずる努力義務の範囲を明らかに逸脱している。

また、精神保健福祉法34条に基づく移送は、指定医の診察や移送先が応急入院指定病院であることを要件とするなど、厳格な要件の下で許容されているものである(なお、本件の移送先である病院は応急入院指定病院ではない。)。これに対し、精神保健福祉法47条4項は移送に関して何も要件を設けていないので、もし取手市の見解のとおり精神保健福祉法47条4項に基づく移送が可能となれば、精神保健福祉法34条の厳格な要件の回避が可能となり、脱法行為を許すことになる。

⑶ そのほかに、取手市は、被害者が自らワゴン車に乗っており、移送は強制的なものではなかった旨を主張するようである。
しかしながら、事前の約束なく被害者の入所先を5名で突然訪問し、被害者に外出の準備もさせず、そのまま精神科病院へ連れて行く態様そのものが、移送が強制的なものであったことを示している。なお、土浦児童相談所のケース記録には、被害者がワゴン者に乗った理由について、「母〔注:被害者のこと〕は事務室で面接をしたいと引き続き主張・・・事務室では本児〔注:長男のこと〕もおり、面接できないことを伝え、タクシー業者の車の中で面接するよう促す。それでも母は事務室へ本児がいるかどうかの確認のためか、入ろうとする。母には会わせることができないと伝え、少しの時間であったがドアの隙間から本児がいることが確認できた後、車の中で面接となった。」(資料2・土浦児童相談所ケース記録)と記載されており、被害者が移送に同意したという記録は全く残っていない。

また、病院の指定医は、医療保護入院を必要とする理由として、「拒否著しい。他害のおそれがあった。すぐに治療が必要な状態であるが病識なく加療を拒否したので医療保護入院を要すると考える」(資料3・病院カルテ)と指摘しており、被害者の入院に対する拒否反応が激しかったことを記録に残している。入院は拒否するが移送には応じるという態度は常識的に考えられず、移送が強制的なものであったことはカルテの記載からも明らかである。

⑷ 以上より、取手市が民間救急業者を手配し、被害者を精神科病院へ移送した行為は、精神保健福祉法34条1項に違反し、違法である。

2 移送費の支出について(生活保護法15条5号違反)

民間救急業者を手配したのは取手市であり、取手市が契約主体となるので、民間救急業者に対して移送費用の支払義務を負うのも取手市である。請求書も「取手市役所社会福祉課」宛で作成されている(資料4・請求書)。

つまり、被害者に移送費用の支払義務はなく、被害者の「最低限度の生活を維持」することとは関係がないので、生活保護法15条5号柱書きの要件を充たさず、移送費用17万0200円を生活保護費から支出した取手市の行為は、違法である。
これに対し、取手市は、「医療機関への搬送及び受診」に関し、「家族からの相談及び依頼により手配したものです。」と主張するので(資料6・通知書2頁)、契約主体は取手市ではなく養父母であると考えているのかもしれない。しかしながら、そうであれば移送費用の支払義務を負うのは養父母であるから、生活保護費から移送費用を支出したことは、生活保護法15条5号柱書きの要件を充たさず、やはり違法である。

なお、取手市職員は、被害者の同意なく、移送費の申請書(資料5)に被害者名義で署名・押印しているが、この行為は私文書偽造罪(刑法159条1項)に該当する疑いがある。

第4 要望事項

以上を踏まえ、各関係機関に対し、以下のとおり要望する。

1 取手市長に対して

⑴ 生活保護法47条4項に基づき精神障害者を医療保護入院させるために移送することは違法である。取手市長は、二度と同項に基づく移送を行わないよう、子育て支援課等の関係部署に命令すべきである。

⑵ 生活保護費から移送費用17万0200円を支出したことは違法であるから、取手市は、移送費用の4分の3に相当する金額を国庫に返還すべきである。

⑶ 取手市は、十分に事実関係を調査した上で、被害者に調査内容を報告するとともに謝罪すべきである。

2 厚生労働大臣に対して

⑴ 精神保健福祉法34条に基づく医療保護入院のための精神障害者の移送は、第一号法定受託事務に該当し(精神保健福祉法51条の13第1項)、厚生労働省の所管事項である。厚生労働大臣は、医療保護入院のための精神障害者の移送が適法に行われているかどうかについて全国的に実態を調査するとともに、取手市に対し、医療保護入院のための精神障害者の移送を行わないよう指導すべきである。

⑵ 厚生労働大臣は、生活保護法23条1項に基づき、取手市による移送費の支出の経緯について監査を実施し、二度と違法行為が行われないよう、必要な是正改善措置を講じるべきである。

3 茨城県知事に対して

⑴ 精神保健福祉法34条に基づく医療保護入院のための精神障害者の移送は、茨城県知事の権限に属する事項である。取手市により茨城県知事の権限が侵害されているのだから、茨城県知事は、調査のうえ、必要な是正改善措置を講じるべきである。
⑵ 茨城県知事は、生活保護法23条1項に基づき、取手市による移送費の支出の経緯について監査を実施し、二度と違法行為が行われないよう、必要な是正改善措置を講じるべきである。

4 会計検査院に対して

会計検査院は、取手市による移送費の支出について調査を行い、処置を要求した上で、検査報告すべきである。

添付資料
資料1 子育て支援課ケース記録(平成29年1月25日~26日分)
資料2 土浦児童相談所ケース記録(平成29年1月25日分)
資料3 病院カルテ(平成29年1月25日分)
資料4 平成29年1月25日付請求書
資料5 平成29年2月2日付生活保護法による生活・住宅・出産・生業・医療・介助申請書
資料6 平成31年2月22日付通知書
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*1精神保健福祉研究会『四訂精神保健福祉法詳解』373頁
*2精神保健福祉法34条1項は「都道府県知事は、その指定する指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたものにつき、その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第一項の規定による入院をさせるため第三十三条の七第一項に規定する精神科病院に移送することができる。」と定めている。
*3大阪地判平成25年7月5日判例秘書登載
*4前掲大阪地判平成25年7月5日
*5精神保健福祉法47条4項は「市町村は、前項に定めるもののほか、必要に応じて、精神保健に関し、精神障害者及びその家族等その他の関係者からの相談に応じ、及びこれらの者を指導するように努めなければならない。」と定める。
*6前掲詳解566頁

以上

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