私の体験 (2020年1月10日)

私の体験 2020110日)

片方 司(かたがた つかさ)

私は、昭和25年、岩手県北上市に生まれました。

高校時代、いじめと失恋で統合失調症になり、精神病院に入院しました。8カ月後退院して、高校に復学して卒業して、大学に入学しましたが、再発して3回入退院しました。

22才の頃、安定期に入り、岩手医大を退院しました。その後、数々の職業を経験して、結局、母が経営している酒店を手伝いました。

32才の時、自分のマイホームを建てました。

45才の時、Y子さんという人と結婚したいと思いましたが、兄夫婦に反対され「籍は入れるな。子どもは作るな」と言われ、しぶしぶ内縁関係として同居しました。48才の頃、妊娠しましたが1週間で流産しました。流産後、兄夫婦に強く勧められ、Y子さんは県立病院の産婦人科に入院して卵管結紮の手術を受けました。Y子さんも私も、望んだわけではありません。

2002年5月、私は体調をくずし、国立花巻病院に約2年間入院しました。2003年、兄夫婦と、当時の担当の医師とケースワーカーに、パイプカットをするようにと言われました。私は、いやだったのですが、パイプカットしないと一生入院させておくと言われました。

2003年10月15日、岩手医大に連れられて行って、11月26日午後、手術されました。手術は、約30分でした。12月1日に抜糸、12月5日に、医大から花巻病院に戻りました。

私は、子どもを失った気分でした。残念だった。障がい者は、結婚も、子どもをつくることもだめなものでしょうか。

私のように、1996年以降も、望まない不妊手術を強制的に受けさせられる事のないようにお願いします。憲法第13条にある幸福追求権などを無視しないように、今でもやられている人もいるかもしれません。絶対に止めてください。

よろしくお願いします。

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